2012/01/13

左義長や村で一番低い場所

きょうは7時に起きて、食パン2枚、マーガリンといちごジャム、コーヒーの朝食を摂った。とても美しい青の空。乾ききって冷たい大気に包まれている。午前中は新聞を読んだり、本を読んだりして過ごした。『東京少年』(小林信彦、新潮社)、『詩の樹の下で』(長田弘、みすず書房)。詩集は音読した。昼食は肉丼。

午後から思い立って富士山を見に行った。ご覧のように西側から見た富士山は雪が薄い。この側からの富士山が富士山らしくなるのはたいてい立春を過ぎてからだ。今も、北側(富士吉田や山中湖)から見るともっと雪が厚い。

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本栖までの道沿いのそちこちにどんと焼きの飾りがしてある。

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  左義長や村で一番低い場所 (nabesan)

どんと焼きの行われる場所は傾斜地にある場所では一番低いところで行われるようだ。低いところにしか、どんと焼きをする場所が見つからないのだろう。私の集落でもそうで、国道まで下ったところにある。標高の低い山は、薄く赤みを帯びている。寒波の中でも木の芽は成熟が進んでいるのだ。久しぶりにクラフトパークに寄ったら、梅の花芽も赤くなっていた。

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夕方、孫たちを迎えに行った。タクマは最近なんでも否定する。「お星様が出ているね」というと「出てない」というし、「大きなトラックだね」というと「大きくないよ」という。注目すべきは2歳10ヶ月にして、私が発した言葉の連なりの、どの語彙なら否定できるか知っているということだ。ヒヨヒナは相変わらず元気だ。夕食に、パンやカップラーメンや梨を食べた。ママが18時半ごろに来たがいろいろ話をしているうちに19時になってしまい、クレヨンしんちゃんが始まってしまった。タクマがいたずらして固定電話の受話器を外してしまったので電話が通じなかったと言いながら息子も来たので結局20時近くに帰っていった。息子は腹が出てきた。いわゆるJAバンクで働いているわけだが、年寄りのところを回るとどこの家でもお茶菓子を出してくれる。食べないとおばあちゃんに悪いから食べる。腹が出るということらしい。かつての長距離ランナーの面影は早くもなくなった。

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2012/01/10

絶望はしておらねども枯木山

なかなかブログを更新しないでしてすみません。年明け早々から体調に異変があり、痛みが出てそれが長引いたり、どうにか収まってきたかと思えば風邪気味になって寝込んだりしていました。少し調子がいいとパチンコに行ったりするから良くないと反省と後悔はしている。

1月は、第1週が4回の透析となってしまった。痛みで土曜の透析を途中で打ち切ったのでひどい目にあった。その後体調は回復基調だったが、ここへ来てまた風邪気味になった。寒気と鼻水。きのうは1日ラジオを点けて寝ていた。とはいえ、食欲はあるので大事にはならないと思う。

きょうは5時半に起床した。最近は6時前に起きることが多い。就寝は0時過ぎだが、昼間に寝ているためだろう。起きだしてファンヒーターで体を温めてからコーヒーを作りに台所に行った。飲んでいいはずはないが、時間が空いてしまうし仕方がない。年明け早々に比べればけさの冷え込みは緩んでいる。6時過ぎ雨戸を開けると、まだ暗い空に明けの明星が滲んで浮かんでいる。朝食は、ロールパン3個、マーガリンとブルーベリージャム、温めた牛乳。牛乳はリンが多いからあまり飲まないので賞味期限が切れてしまっている。

8時15分透析に出かけた。お腹の調子が良くなくゴロゴロいっている。薬の飲み過ぎかも知れぬと思いつつ、きつい透析を覚悟した。穿刺にはエツコさんが来て、1本失敗。ずっと軽い血管痛がしていた。巨漢F先生が久しぶりに来たので、風邪薬(PL)を処方してもらった。途中から足が痛み出したので、痛み止めをもらう。何が何でも4時間透析はしなければならない。厳しかったがどうにか持ちこたえた。

病院の外に出ると空は曇り始めていた。気温は10℃。13時30帰宅。昼食はカップ焼きそば、餃子など。少し冷えると足が痛み出す。困ったものだ。午後、ツイッターを眺めながら足をあぶっていた。

  絶望はしておらねども枯木山 (nabesan)

夜、テレビ。山田洋次、ニュース、女川町の災害FMのドキュメントなど。短いですが、近況ということで。ブログを休み始めると長くなるからね、私は。

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2012/01/02

考えることみな捨てて初湯かな

きょうは5時半に起床。まだ早いなあと思いながらしばらくは布団の中にいたから、目覚めは10分ほど前だっただろう。相当高カリウムになっていたにもかかわらず、私の心臓はまだ動いており、それはきょうも生きなさいという天の告げ言。女房も同じ時間に起きだしたようで、猫たちが走っていく。暮れから続いたきつい冷え込みは和らいでいて、とりあえずホットカルピスを作ってきて飲んだ。ツイッターでそのことをつぶやいたら、女性の歴史学者、N教授から私も飲んでいますというリプライがすぐ来て驚いた。ご主人がホットカルピスが好きなのだそうだ。彼女は東日本大震災と人間について、フィールドワークに基づく数年がかりの研究計画をツイッター上で明らかにした。この研究から、私にも読めるような啓蒙的な一冊が生まれることも期待している。

朝食は食パン2枚、マーガリン、コーヒー。少し長めに風呂に入る。

  考えることみな捨てて初湯かな (nabesan)

ツイッター上で短歌を作った。
 富足るを願いて生きて来しわれも清貧という衣に替える
 三億となるはずだった宝くじ今朝ごみ箱の底に散らばる
実際には他の人とのやりとりである。

8時に透析へ出発。途中、ローソンで煙草を買う。曜日違いで病院へ行くと、顔見知りの患者から「どうしたんだい?」と聞かれる。「ちょっとね」。誰もそれ以上は聞いてこない。体重は驚異的な増え方だった。3日で2時間弱しか透析していないのだからしょうがない。数字を見て気持ちが悪くなった。61.5kgのドライウェイトに対して67.1kg。引き算する気にもならない。穿刺にはエツコさんが来て3本刺した。透析そのものは順調。テレビで箱根駅伝を見ていた。東洋大学の充実ぶりはすごい。山梨学院大学は山登りの選手が健闘して6位で往路を終えた。2位とも11位とも3分程度の差しかないから明日次第。1区間が長いから5分程度の差は一人のブレーキでひっくり返る。

病院の外に出ると、曇って空気が冷たかった。車に乗って煙草を1本吸い、エンジンをかけようとしたらキーがない。そんな馬鹿な、いま鍵を使ってドアロックを外したではないか。ポケットも助手席も足元も探したのに出てこない。まあいいやというわけにも行かず探した結果、ドアと運転席の間に落としてそれから微妙な隙間を通過して運転席下に落ちていた。ついでに、百円玉1個と五十円玉1個も発見した。13時30分帰宅。昼食は切り餅3個。2個は永谷園の松茸の味お吸い物に放り込んでお雑煮もどきに、1個は醤油に柚子こしょうを塗って海苔で巻いて食べた。私はいま、柚子こしょうにはまっている。

16時頃から17時過ぎまで眠る。勘助が、いつも私が座っている場所に端座していた。偉いぞ勘助、と言って、それからなぜ勘助が偉いのか分からないのでおかしかった。

夕食は、ご飯、いわゆるひとつのおせち料理、味噌汁(大根、豆腐)。夜食にミニジャムパン2個食べた。夜、テレビを見る。オリンピック関連、エベレスト、山田洋次と東北の被災者の話。こういう番組はどうしても見入ってしまう。

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2012/01/01

初夢や生き直すなど出来ぬはず

謹賀新年。
きょうは7時頃に起きだした。青空も見えるが雲が多い。階下へ行くと女房はコタツに下半身を入れて寝そべっている。頭が痛い、風邪を引いたという。それはそうだ、紅白歌合戦を始めから終わりまでちゃんと見るというようなことをすれば体の調子も悪くなる。もっとも、私も31日未明から足の痛みに悩まされた。ようよう透析に行ったがどうにもならず、美奈さんがきょうはやめておこうと言って、2時間で打ち切り帰宅した。「カリウムには気をつけてね。みかんをばくばく食べるのはだめ。薬もちゃんと飲むように」と彼女は言った。痛みは夜になる頃にはずいぶん緩和されたが、去年を象徴するような散々の大晦日だった。その結果、月曜も透析することになった。頑張るしかないが、箱根駅伝はゆっくり細かいところまで見られそうだ。とはいえ、日本の長距離を強くするためには駅伝はやめるべきと思っている。

朝食は、食パン2枚、マーガリン、コーヒー。8時半頃家を出てパチンコ屋に行く。うまい具合に玉がまとまったので交換して帰った。5千円ほど勝つ。今年はパチンコでは負けないような気がする。帰り、ガソリンスタンドに寄って、ガソリンを入れ、灯油を2缶買った。このスタンドは親戚で冠婚葬祭でもない限り正月もお盆も営業している。昼食はきのうの残りのそば。
14時からサッカー天皇杯決勝、京都-FC東京戦。大木武監督の京都は短いパスをつなぐ、面白いサッカーをした。12年のリーグ戦が楽しみだ。2-4でFC東京の勝ち。J1リーグでの柏の優勝といい、この決勝戦といい、J2が見直されたシーズンだった。
夕食は、ご飯、焼き魚、伊達巻など若干のおせち料理。19時からウィーン・フィルのニューイヤーコンサート。やっと正月らしい気分になった。カルメンやチャイコフスキーが出てきたのには驚いた。
  初夢や生き直すなど出来ぬはず (nabesan)

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2011/12/31

けさ冷えて毛糸の帽子の住職が寺の庭掃く参道を掃く

いまは2時30分で、ラジオ深夜便では伊藤久男の「サロマ湖の歌」。今夜はオホーツクの特集らしい。寝付いて1時間の1時10分に足の痛みで目覚めた。左親指の付け根。高倉健「網走番外地」。鎮痛剤を倍量のみ、湿布(ロキソニンテープ)を貼ったけれど、気休めというものだ。布施明「霧の摩周湖」。北海道には行ったことがない。北海道旅行もできないほど怠けてきたつもりはないが、行きたいなと思っても経済的なことがネックになった。いあっもそうだがいつも私にはいつも金はない。美空ひばり「美幌峠」。去年だったが、北海道旅行がずいぶん現実的になったことがあったが、金銭的事情ではなく結局潰れた。「ああさいはての美幌峠に風が泣く」。走裕介「流氷の駅」。走裕介という人は帯広出身だそうだ。知っている人は知っている歌手だろう。勘助が最強にしているコタツから這い出してきた。のぼせたのだろう。遠軽町は高さが70mに及ぶ岩や、1千万本に及ぶコスモスの群生があるそうだ。

31日は、7時45分ごろにはもう孫たちが来て、終日子守りだった。といっても、ヒヨヒナはもう手がかからない。筆記具、落書き帳、色紙、糊、ハサミがあると自分たちで遊んでいる。お年玉袋を作っていた。庭に陽射しがあると、縄跳びをしてあそんだ。「郵便屋さん、郵便屋さん、落し物、1枚、2枚、3枚・・・」。一人縄跳びだと、ヒヨリが38回続いた。後ろ縄跳びも出来るようになっていた。タクマはヒヨひヒナが使った三輪車に乗ってごきげんだった。15時過ぎにタクマがお昼寝になったので、私も2階で寝てしまった。2時間近く眠った。あいちゃんは8時頃になってようなく迎えに来た。勤めているグループホームの正月飾りをしてきたのだとのこと。写真。手前がヒナ、奥がヒヨリ(だと思う)、

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朝から短歌をいくつか作った。
 けさ冷えて毛糸の帽子の住職が寺の庭掃く参道を掃く
 色の名を覚えしおさなご南天の実を指さして「赤!」と叫べり
 縄跳びは三十八回目で途切れ無念の児には冬日明るき
 歳飾りして静まれる部屋にいてこの年もまた受け入れるべし
 孫三人それぞれ好きに走るなりなにゆえ危ない場所に向かうか

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北海道東部の旅を書いたものの朗読が始まった。

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2011/12/23

凍星やあひる座という星座かな

きょうは5時45分起床。6時頃雨戸を開けると、まだ薄暗い東南の朝焼けの上に、3日目の鋭利な月が浮かんでいる。クラシック倶楽部で放送していたピエール・アンタイのチェンバロリサイタルを見た。寒い朝になかなかいいものである。イギリス組曲など。朝食は食パン2枚、マーガリンとジャム、コーヒー。

ようやくタイヤを冬用にする気になり、スタンドに行って交換してもらった。5年前までは自分でしていたが、ちょっと危ない目にあったので今は頼んでいる。ついでにガソリンと灯油を18リットル買った。帰宅して、夏用タイヤなどの荷物を降ろして、お釣りが3千円あったのでパチンコ屋に行った。大した期待もしていなかったのだが、出たり入ったりで結果的に10時から17時まで同じ台にしがみついていた。結果は3千円ちょっとの勝ちになった。パチンコを労働と取るとてんで割に合わないが、娯楽と考えれば十分だった。昼食は摂らなかったが、バナナいり豆乳を飲んだ。

18時過ぎに帰宅すると女房がいなかった。そういえばお通夜があると言っていた。全く葬式や法事の多い年だった。夕食はレトルトのカレー。ご飯もパックごはんだった。実際には栃木から送られる米を食べているわけだが、もし米を買うとすれば、二人暮らしだしパックのご飯を1食ずつ食べた方が安上がりになるかも知れない。食後天声人語の書き写しをした。

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19時からサッカーのチャリティーマッチ。東北出身の選手と、天皇杯に勝ち残っているチーム以外のJリーガー・ヨーロッパでプレーしているせんしゅの対戦。もちろんサッカーは本気ではないが、けさ7時に成田に到着した選手が午後の試合に出ているというのはすごい。東北に何かしたいという気持ちを持ったサッカー選手が多いということだ。香川や内田は所属クラブの指示で試合には出なかったが、懸命にファンサービスをしていて、これなら試合に出ていた方が楽だろうと思えた。

勘助は毛布や枕を積み上げた場所の小さな隙間が最近のお気に入りで、今もそこにいる。うちの猫はダンボール箱など狭いところが好きというわけではないが、勘助は少し猫らしくなったということか。手を伸ばして頭を撫でようとすると、何するんだよというように猫パンチが飛んでくる。

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  凍星やあひる座という星座かな (nabesan)

かま猫さんの家のアヒル、きなこが先ごろ亡くなったそうだ。

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2011/12/22

数え日の身延の山や薄曇り

きょうは4時半に起床。睡眠時間4時間。どうしたのだろうと思ったり、これで透析中に眠れると思ったりする。冷え込みはややゆるいような気がした。海外ニュースを見ていたら、ファンヒーターの灯油が切れたので給油に行った。6時15分頃になって朝食。食パン2枚、マーガリンとジャム、コーヒー。コーヒーはお歳暮にもらったスティックのインスタントコーヒーにした。お歳暮が多いと思う人がいるかも知れないが、うちでもあちこち送っているのと、うちから出た人など一族のお墓が3ヶ所にあり、その墓守をもっぱら引き受けているということもある。7時15分頃から入浴。長めに入ったというより、寒いので十分温まらないと出られないわけだ。

8時20分透析に出かける。国道沿いの温度計は2度の表示。ただ陽射しがないから昼間も気温が上がらないだろう。病院のエレボータの前に、赤いポインセチアの鉢植えが置いてあった。体重は大変なことになっていた。ドライウェイト61.5kgに対して66.0だった。6引く1.5は2.5だよね、と言ったがあまり受けなかった。ベッドに行ってすぐ、看護助手さんが背中に痒み止めのクリームを塗ってくれる。それからベッドに横たわる。足元には電子レンジ式のアンカが二ついれてあるので、寝た時にかかとあたりにくるように調節する。このアンカは私物。テレビを点ける。まず最初にすることは音量の調整で、前の人は23程度にしているのに対し、私は8か9なので直してからヘッドフォンをしないと大変なことになる。NHKの朝イチを途中から見るが、途中で穿刺がある。きょうは穿刺も回収もエツコさんだった。おとといの血液検査でリンが異様に高い数値を示したとのこと。8.0mEq/l。キャンディ型チーズを一袋そっくり食べたからなあ。合計で2時間眠る。

病院の外に出ると朝と同じ空模様で寒い。きょうは割合体が楽だったが、煙草を1本吸ってから帰る。13時30分帰宅。昼食は、ご飯、八宝菜、など。などと書く時はもう一つ何だったか忘れた時。ちなみに、忍たま乱太郎には「稗田八方斎」という悪役なのかどうか分からない間抜けな人物が出てくる。15時まで休息。それから洗濯物を取り込み、「天声人語」の書き写しをした。間違いが多かった。

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内容は、冬至雑感といったところ。中に「数え日」という言葉が出てきた。歳時記を見ると、「年の暮れに残る日数が少なくなること、また、日数の残りも少ない年末」とある。「数へ日の紺の山より大鴉 広瀬直人」。

  数え日の身延の山や薄曇り (nabesan)

国道沿いには、正月の初詣客を駐車場に誘導するための看板が立ち始めた。昔は正月と花見の時期は国道が大渋滞したが、今は離れた場所に駐車場を確保してシャトルバスでピストン輸送する。

夕方、例によって1時間眠る。夕食は、ピザ。冷凍物で伊藤ハム製。夜、だいたいテレビ。下の写真はきのうの富士山。こういう雲が出るのは天候が下り坂ということだ。

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2011/12/20

妻は太りしを厚着のせいにする

きょうは6時45分に起こされた。もっと早く起こせよとぶつぶつ言いながら、それでものそのそしてはいられないから迅速に動き出した。きょうも晴天で寒い朝になった。朝食は、干しぶどう入りロールパン4個、マーガリンとジャム、コーヒー。パンが4個なのは4個残っていたからで、オーブントースターの容量は3個である。食べ終わって、透析に出かけるのは少し遅くなってもいいやと開き直ってお風呂は長めに入っていた。

8時20分、透析に出発。国道沿いの温度計は0度だった。病院に着くまでの国道はずっと山の影になっているので、気温の上昇が遅い。きょうの体重は、純増で3.5kgで恐れていたほど増えていなかった。除水は3.6kgとして900g残った。透析中は最初の1時間程度眠り、あとはウツラウツラしていた。途中エツコさんが来て投薬の話をする。薬が余ってしまっているということを告げ、もし何だったら今回はいらないと言った。一応出しておいて、余りはあとで透析室に返すことにした。捨てるという人もいるが、私とすればそうする気にはなれない。不まじめだと思うだろうが、もう何年も同じ薬が処方され続けているのだから少しは余る。それに、もともと飲み薬は1回分余分に処方される。つまり1日3回の薬を14日分なら(14×3=42)だけ出るが本当は投薬日が重なるので、41で良いわけだ。余るように出来ている。透析そのものは比較的楽だった。

病院の外に出るとやはり空気が冷たかった。車の中で煙草を1本吸って気息を整えてから帰り道。ローソンに寄って食パンと煙草を買う。13時40分帰宅。昼食は焼きそば(目玉焼きが乗っている)。食後、テレビの海外ニュースを見ながら休息。15時過ぎに洗濯物を取り込む。外猫クロがニャンニャン鳴く。ここのところ、私が給餌することがあったので、このおっさんも食べ物をくれることがある、ちょいちょいじゃないけど、と覚えたのだろう。朝夕の必死な感じはなく、一応鳴いてみたというところ。

15時半頃から「天声人語」書き写し。4ヶ所間違えた。内容はもちろん金正日死去に関すること。昔はソ連や中国の内情はなかなか外に出て来なかったので、何かの式典に並んだ順番で権力の序列を推し量ったものだが、それは「クレムリノロジー」というそうだ。今、それが必要なのは北朝鮮だけだ。たとえば、金正日の葬儀委員の順番などが問題視されるのはそのためである。

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16時30分から18時ごろまで眠る。夕食は肉丼、野菜スープ。19時から、テレビでサッカーセリエA、チェゼーナ-インテル戦。際どい試合だったが、インテルが0-1で勝った。長友は1本惜しいボレーシュートを放つなど、攻守によく働いた。この長友のシュートも、右サイドバックのマイコンからのボールを左サイドバックの長友がシュートしたもので、いったいインテルの前の方の選手は何をしているのかという気もする。インテルは3連勝して順位も6位に上昇した。

  妻は太りしを厚着のせいにする (nabesan)

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欠伸して背なの寒さに震えけり

今は1時45分になるところ。寝付いて1時間もしないうちに目が覚めてしまい、トイレに行って、それから喉が乾いていたので下へ行って冷蔵庫の氷をひとつまみ口に入れた。うちの冷蔵庫は自動で氷が作れないから、製氷皿を使うが、それだと細かな破片が出来て氷の容器の底に沈んでいる。それをひとつまみ口に入れるのである。冬でも夏でもこれがうまい。女房が入る時はちゃんとスプーンで底を探るが、見ていない時は手を突っ込んでつまみ出す。もちろん、手はきれいに洗ってからである。どこかから勘助がやってきて、煮干しをちょうだいという顔をして、椅子の下に座る。猫用煮干は冷蔵庫の野菜室に入れてあるのでそこを開けると椅子の下から出てくる。うまいうまいという様子でガツガツ食べるのを見ている。勘助がうちに来て何年だろう、4年か。ご不満もおありだろうに、勘助は私たちとの暮らしを選んだ(脱出しようと思えばいくらでもできた)。そのあたりを見たらアスパラドリンクがあったので持ってきた。私は栄養ドリンクが好きなのである。もちろん、値段の高いものではなく、一箱598円くらいでおまけが1本か2本箱の側面にテープで貼り付けてあるようなもの。どう考えたって、中身よりガラス瓶の方が高いよなあと考えながら瓶を眺めている。飲むかも知れないし、飲まないかも知れない。思えば栄養ドリンクは瓶から直接飲むものだ。わざわざコップに開けて飲む人がいたら変人といえよう。勘助は私と一緒に部屋に戻ったけれど、また出ていった。どうやら義父がいた部屋のそのままになっているベッドのうえに置いたヒヨコベッドに寝ているらしい。あっちゃんもそのベッドの上の、こちらは古毛布の上に寝ている。あっちゃんは太り過ぎで勘助のようにまん丸になれないから、ヒヨコベッドは使わないのだろう。

金正日が死んだのには驚いた。私は常々、彼は人工透析をしているのではないかと思っていた。おそらく糖尿病があっただろうから、脳梗塞を患ってどうにか一命は取り留めたけれど、腎不全に陥った可能性は強い。それにあの体型の変化、人工透析になるとやせてなぜか足が細くなる。北朝鮮は、数年は今と変わらないと思う。たまには危なくないところへミサイルを撃ったりして、「瀬戸際外交」は続くだろう。逆に言えば、外に対して今まで通りの姿勢を示すならば、金正日が政治的な力があまりなかったことの証左になろう。彼はもしかしたら日本の天皇のような、国民を統合する象徴的存在であったかも知れず、それなら金正恩でも務まらないことはあるまい。

ファンヒーターの灯油が切れて寒い。コタツを入れている。私が立派なのは、コタツを使う時はファンヒーターを使わない、というように暖房はどちらか一つと決めていることである。したがって、上半身は寒いのでセーターを着てちゃんちゃんこを羽織っている。2時半を回ったところだ。

朝日俳壇・歌壇の日。気になった短歌が一つ。、<「負苦島」させてはならぬうつくしま歌詠む力届け富来島>石井かおり。福島がただの言葉遊びの道具になっているようで、あまり良い歌とは思えない。短歌時評に<原発はむしろ被害者、ではないか小さな声で弁護してみた>岡井隆。原発から届く電気を湯水のように使い続け、今も使っている人々が反原発を叫ぶ。確かに、原子力発電所はひとたび事が起きれば、相当上手くやらないと人間の力では制御が難しいことが今回の事故でわかった。しかしながら、事故の前は原発と私たちは WINWIN の関係にあったのではなかったか。だから単純に反原発と私は言えない。俳句では<原発の方より来たり冬の犬>馬目空。

  欠伸して背なの寒さに震えけり (nabesan)

パソコンの上にあるもの。車の鍵、ライター、現金700円、眼鏡、ガソリンの領収証、カメラの充電器、ちょっと立派な爪切り。みんな、冬の未明の温度に馴染んで冷たい。

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2011/12/18

このごろは猫と仲良き寒さかな

きょうは6時30分起床。寒い朝で、寝ているのに耳が痛くなった。うちは隙間だらけだから、部屋のベッドに寝るも、庭に布団を敷いて寝るも一緒だ。女房が猫の出入り口から覗いて私が目覚めたのを確認してから雨戸を開けた。明るいが太陽はまだ山の背後で空は白銀色。外猫クロが餌を求めて鳴いている。はいはい、と言いながら女房が玄関を開けて出ていく。定量のカリカリ(アイスクリームの容器で計っている)を片手に、洗濯物のかごを片手に。しばらくして下へ下りていくと女房がファンヒーターの風に手をかざしている。週刊朝日12/30号と新聞がコタツの上に置いてあって、新聞は女房が読んだから皺がよっている。一人で冷え切っている台所に行き冷蔵庫から食パンの袋とマーガリンとジャム、それにとろけるチーズを出した。食パンの上にチーズを乗せオーブントースターに入れて適当にタイマーを回してカップにコーヒー、クリープ砂糖の順に入れて、98度になっている電気ポットのお湯を注ぐ。カップはどこの産か知らないが、緑、黒、灰色、黄色、薄青のストライプが入っている。およそ200mlの容量。そのうちに、チーズの表面が溶け始め、パンの周辺に焦げ目がついてタイマーをゼロにギギギと戻すとチーンと音がする。とろけるチーズを乗せた場合は1枚を取り出し、2枚目はトースターの中に置いておく。2枚一緒だとチーズがくっついてしまうのと、トースターの余熱で残りの1枚を温めておくためだ。注意が必要なのは、チーズとパンでは温度が違うこと、マーガリンが滑りやすくなることだ。食べ終わる頃に、もう女房が出かけようとするので「どこへ行くの?」と聞くと、「町の健康マラソン。申し込んであるからね」という。3キロコースを走るそうだ。女房が出かけてしまうなら私もパチンコに行きやすい。

8時15分に家を出た。きょうは9時から地区の集会所で大掃除があり、そこに人が集まってくる前に通過してしまう必要がある。集落から国道に下りていく途中に、まだ色づいているカエデが日を浴びている。

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まるで、半世紀近く前のヒット曲一つをぶら下げ、地方巡業で食べている老いた女性歌手の古びた衣装のようだ。手前の刈り倒された薄に霜がついて白く光っている。国道に下りると電線が銀色に光っている。あらゆるものが朝日に光っている。パチンコ屋に行く途中の自動販売機を私は素通りできない。全品100円であるばかりでなく、よく当たるからだ。ダイドーのデミタスを買う。富士山はきれいに見えた。写真は、途中煙草を買いに寄ったファミリーマートから。

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私のパチンコの仕方は、最初に座った台でとことん、お金がある限り粘る。今は、「海物語 沖縄2」という大当り確率99.5分の1の台で、当たり易い代わりに出玉は少ない(時々多くなることもある)。パチンコは、延々とくじを引き続けるものだから、100回転すれば必ず当たりが来るというわけではもちろんない。9時10分から13時45分まで頑張り6千円勝った。1円パチンコで6千円勝つのは偉大なことである。昼食は、途中近くにあるコンビニで買ったサンドイッチと飲むヨーグルト。

14時半頃帰宅。勘助が飛んできてしきりにスリスリするので、煮干しを与える。その後ベッドに寝転んで休息。1時間ほど眠る。16時からサッカー、クラブW杯3位決定戦、柏-アル・サッド戦。いい試合だったと思うが、どうしても点が取れない。アジアのクラブに共通しているのだろう。PK戦の末、アル・サッドの勝ち。夕食は、ご飯、サンマ、餃子。19時半から、決勝戦、バルセロナ-サントス。バルセロナの完勝だった。4-0という大差がついた。メッシ2得点、ネイマールいいところなし。

柏戦とバルセロナ戦の間に「天声人語」書き写し。きょうは1文字も間違えなかった。

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  このごろは猫と仲良き寒さかな (nabesan)

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