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2008/09/30

背負われて秋遠足を楽しめり

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きょうは6時に起床。睡眠時間は6時間と少しだが熟睡できた。掛け布団と毛布をかぶり、パジャマの上にジャージを着て「防寒対策」を取ったのが功を奏した。外はきょうも重たい曇り空。向かい側の山の折り重なる山襞からは雲が湧きあがっている。朝食は食パン、マーガリン、紅茶。7時半頃から「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。雨は降りそうで降らない。1時間くらい歩いて戻ってきたら、駐車場周辺には人がいっぱい。クラフトパークの中心施設「富士川ふるさと工芸館」前の広場で町長選挙の出陣式があるのだ。大型トラックの荷台を舞台にしつらえて、緑色(蛍光色)のジャンパーを着た人たちがあわただしく準備している。今回の町長選挙には二人が立候補しており、いわゆる一騎打ちとなった。両候補とも、人格・識見ともに秀でて、生き生きした町を作るための政策もその実行力も抜群であるから、町民はどっちに投票したらいいか迷うに違いない。見た目で300人ほどの人が集まって「どうぞみなさま、前の方へお越しください」と促されて、それまで舞台からできるだけ離れたところにいた人々が面倒くさそうにのろのろ移動して、出陣式開幕。今のこの町(山梨県身延町)は4年前に三つの町(旧身延町、旧中富町、旧下部町)が合併して出来上がっている。今までは、旧身延町の町長がそのままスライドするような形で合併後の新身延町の町長を務めていた。今回の候補者は、旧中富町と旧下部町から出ており、出陣式をしていたのは旧中富町の町長を務めた人。延々とあいさつが続く。選対女性部長というおばさんは「いまの身延町は活気がなく、良い町ではないが、この人が町長になればよくなる」と失言して、舞台上の数人が緊張した顔をした。それというのも、町名をそのまま引き継いだことでもわかるように身延町の人口の半分は旧身延町が占めており、そこの票が勝敗を分ける。旧身延町出身の現町長への批判と取られる発言は陣営のタブーなのである。あわてて、次の人が「現町長のすばらしい業績を・・・」とフォローした。私は旧身延町に住んでいるが、今の町長にどのような功績があったのかはよく知らない。ところで集まっている人のほとんどが高齢者である。特におばあさんが多い。彼女らは座れるところならどこでも座り、あいさつも三人目くらいからはおしゃべりに余念がない。ところどころに若い人が見えるのは土建屋の現場監督たち。何人か知り合いがいて、少し立ち話をした。結局、出陣式は最後までおつきあいした。それというのも人が多くて駐車場から車が出せなかったからである。たぶんこの候補が勝つだろうと私は思っている。もう一人は旧下部町の人で、身延地区の人はいろいろな事情で下部地区にいい印象を持っていないからである。

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出陣式のさなか、甲府の小学生が遠足に来た。60人ほどの子どもが列を作ってぞろぞろ歩いて行き、それから大きく遅れて松葉杖をついた女の子が歩いてきた。その子は懸命に歩いていたが、道が登りにかかるあたりで、ついに先生に背負われた。なかなか頼もしい先生である。

背負われて秋遠足を楽しめり (nabesan)

単に「遠足」だと春の季語。この子にとっては忘れられない遠足になるのだろうな。多くの子どもに忘れられない思い出を残した先生が「いい先生」なのかもしれないと考えたりした。

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帰宅したら10時30分。ネット友達と雑談。昼食はご飯、きのうの夕食の残り、焼き海苔。私は焼き海苔をご飯の上に乗せて、醤油をひと垂らししてからくるりとご飯を巻いて食べるのが好きである。海苔をすべり落ちた醤油がしみたご飯も。午後、2時間近く眠った。その後『週刊朝日』10/10号を読む。今週の「パパはなんだかわからない」を書いてみます。「パパ」の家ではマリリンという、ひどく不細工な顔の犬を飼っている。(1コマ目)公園らしいところをご機嫌で飛び回るマリリン(リードをつけていないのはマナー違反)。(2コマ目)マリリンと同等に不細工な犬と出会う。(3コマ目)バフバフいうマリリンにパパが「どうした?」という。(4コマ目)マリリンが出会った不細工な犬は前からの知り合いで名前は「パグ」。(5コマ目)マリリン、パグの顔を前足で撫でる。(6コマ目)パグの顔の不細工加減にぷ~と吹き出すマリリン。(7コマ目)パパは「そうか、うかつだった・・・マリリン」とつぶやく。(8コマ目)パパ「お前自分の顔をすごくかっこいいと思っているんだろう、一度も鏡を見せたことないから」という落ち。それから今号の週刊朝日で知ったことの一つ。両親→祖父母→曾祖父母の次は「高祖父母」らしい。つまり5代前で、麻生太郎の高祖父は大久保利通だそうだ。

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夕食はコンビニ弁当(幕の内)、ヨーグルト。教育テレビ「ハートをつなごう」では「ゲイ・レズビアン」を取り上げている。「ホモ」は差別語だそうである。私はゲイではないなあ、そういう成分もないので、本当にそういう人がいるんだなあと思いながら興味深く見ている。ゲイの人とレズビアンの人が各2人出ていた。人は多様で実は性も多様である。

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それから、週刊朝日の今号には「君を亡くしてしてからのこと」という特集(3回目)。ロザンナ、加藤登紀子など8人を取材した記事。伊藤篤夫(ノンフィクション作家・妻と死別後11年、3年前に再婚)は次のように述べている。「長い間、死んだ妻と自分は別の世界にいて、二人の間には境界線があると思いこんでいたんです。でも、いつでも妻は自分のそばにいる。そう思えるようになったら、その垣根がすうっとなくなったんです」。ロザンナの話は壮絶だが、引用するには全文書かなければならないからやめておく。立ち読みでもできたらご一読を(もちろんお買い求めになるに越したことはない)。

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21時ごろの勘助とあっちゃん。勘助が前、あっちゃんが後ろなのは勘助の視線の先に部屋の出入り口があるからだろうと思う。ゲージの中で寝ているときも、いつも入り口から見て勘助が前、あっちゃんが後ろである。時々あっちゃんが勘助を挑発してどたばたするが基本的に仲良し兄妹である。あっちゃんの目の上に、眉毛状の模様があるのがわかるだろうか。優しい目とともに彼女のチャームポイントである。(性格はあまり優しくなく、かなりのお転婆)。

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2008/09/29

手の中に仔猫丸まる秋の夜

ゆうべは結局2時過ぎまで眠れなかった。そのうちに、鎮痛剤と眠り薬との相乗効果で眠れた。目を覚ましたら9時半だった。そんな時間に起きることがこの頃多い。足の痛みは消えていた。外はごく弱い雨が降っていて寒い。朝食は食パン1枚、牛乳。女房が勘助とあっちゃんの部屋を掃除するので「二人」を見ていて欲しいというのでしばらく遊んだ。勘助は階段の手前に寝ころんで、私(煮干しのおじさん)が階下へ行くのを待ちかまえている。あっちゃんはあちこち走り回って、時々狭い場所に潜り込んでじっとこちらをみていたりする。部屋を片づけたのは今夜から女房がそこに寝るためで、きょうニッセンから14000円の折りたたみ式ベッドが到着したのである。11時頃から入浴。昼食は焼きそば。

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午後から透析。出掛ける頃から雨が強くなった。冷たい雨。本日の体重増加は5.2kgで愕然。1.7kg残した。どうしても夜更かしすると水を飲んだりお菓子を食べたりして体重に反映する。穿刺は久しぶりに恵子さん、2本で済んだ。テレビで総理大臣の所信表明というか、代表質問みたいな演説を聞いた。なんとまあ、情けない総理大臣だろうか。まあ、総選挙の結果次第だが「いつまでもつか内閣」なので、麻生さんとしては自分(たち)の身を守ることが第一で、国民のこと、国のことは第二第三になっているのだろう。自分たちの身を守れたら、その上でちょっと国民のことも考えますよ。途中頭痛がして(これは麻生さんのせいではない、念のため)恵子さんに言って久しぶりに薬をもらった。いまのところどうしても恵子さんの方が口をききやすい。民放のワイドショーは小泉純一郎の息子の宣伝。そういう国になったんだなあ。

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19時10分帰宅。夕食はご飯、トンカツ、さつまいものてんぷら。寒くて、ジャージのズボンを2枚履き、冬用のジャンパーを着ている。明日は気温が上がりそうだが、それでも山梨は20度くらい。もう夏を懐かしがっている。きょうはいまひとつ体調がかんばしくないのでこれだけ。写真はきのうのもの。

手の中に仔猫丸まる秋の夜 (nabesan)

 

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2008/09/28

曇り日の雲の色して茶の実かな

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いまは28日の2時になるところで、眠くなるまでと思って読んでいた『切羽へ』をお終いまで読んでもまだ眠くならないでいる。0時頃、勘助が部屋の出入り口の戸をドンドン・ガタガタ・ガリガリして部屋から出せと騒ぐので出してやった。あっちゃんは部屋のどこかで寝ているらしく後を追ってこなかった。勘助は最初女房の部屋へ入ろうとして躊躇するような仕草をしてから、私の後を追うように(もしかしたら煮干しにありつけるかも知れないので)、部屋に来た。私はまた寝ころんで本を読み始めたが、勘助はベッドに仰向けになっている私の右側にひょいとジャンプして、それから私の腹に上がってきてペタンと腹這いになり、ちょうど私と顔を見合わせるような姿勢になった。本をおろして両手を動員し、背中やあごの下あたりをなでてあげると勘助は満足そうに目を細める。数分の間そうしていたら、勘助の重みで刺激を受けたのか私のおなかがゴロゴロいった。その音に反応したのか勘助は私の体からおりて、ベッドの30cmほどの空きスペースで丸くなった。私はまた本を読み始め、勘助と触れあっている右の太もものあたりで、お互いの体温が行き交っているのを感じていた。下の写真はその時の勘助。青く写っているのは私の右脚で、ゆうべは寒かったのでパジャマの上にジャージのズボンを履いた。上はパジャマの上着という珍妙な格好である。

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『切羽へ』は、どうやら九州のそう小さくはない離島が舞台で、画家の妻であり島の小学校の養護教諭をしている「私」を語り手にしている。年齢は30歳くらいのようだ。夫も、夫との穏やかな暮らしも愛しながら、「本土」からやってきたちょっと謎めいた男性臨時教員に心惹かれてゆく話。海と、丘の緑の起伏と、島の人々と、島の言葉という管弦楽をを背景に「私」の感情が旋律をかなでる、たとえばチャイコフスキーのバイオリン協奏曲第二楽章のような感じ。まあ、たとえば、4階建ての病院がある島の小学校にしては小さいな、と思ったりいろいろ変なところはあるけれど、恋愛小説というか女性小説としては面白いかも知れない。映画化されそうな感じ。お勧めというわけではないが、図書館にでもあればどうぞ。

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今朝は7時少し前に起きた。寒さのせいか少し頭が重い。空一面に雲。朝食は食パン1枚、コーヒー。8時頃から「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。長袖のトレーナーを着て、その上にまた薄いジャンパーを羽織った。クラフトパークもどこか寒々としている。10分ほど歩いたら体が温まってきた。今日歩いたのは斜面に作られた広大な公園の上半分といったところで、始めに石段を登り、それからなだらかな下りを歩く。きょうは初めて石段でやはり歩いている人とすれ違った。それくらい人が行かないところを歩いているわけだ。上の写真は公園の西の方を見下ろしている。

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これはあっちゃん。ところどころに狭いところがあって、勘助と追いかけっこするとさっとそこに逃げ込む。この隙間は勘助は入れないというか、入ったらバックして出ないといけない。公園から帰宅して、ネット友達と雑談。昼食はレトルトカレー。食後2時間くらい眠った。昨夜は完全に寝不足。勘助が丸くなっているうちはいいが、そこへブーンと虫が入ってきて彼はたちまち反応して捕獲に向かう。そしてまたベッドへ来て私の腹の上に乗り、そのうち横に下りて丸くなる、を2回くりかえした。夕方はぼーっとしていて、笑点を見る。うちでは笑点→ちびまる子→サザエさんというコース。 夜、足が痛み出した。左のかかと。ワイアブラシで軽く叩き続けられているような痛み。これがだんだん、骨を削られるような痛みに変わって行く。

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曇り日の雲の色して茶の実かな (nabesan)

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2008/09/27

秋深む恋愛小説の栞かな

ゆうべは勘助が私のベッドで寝て、腹の上に乗ったり、右手にじゃれついたりしてきたのでぐっすりは眠れなかったが、きょうは久しぶりに6時頃には目を覚まして、朝食も朝食らしい時間に食べた。菓子パン1個、缶コーヒー。天候、曇り。きょうは地区の運動会。綱引きの主力選手である女房がうちを代表して参加し、私はおじいさんをデイサービスに送ってから顔を出すことにした。運動会はこの地区最大の行事で、小学校と合同でやるからそれなりに盛り上がる。わかりにくいが、地区は区と公民館からなっている(それと老人クラブと)。区は行政的なことを担当し、公民館が地区の主な行事を担当する。したがって運動会の中心は公民館で、役員は大変である。公民館には「館長」と「主事」という役があり、館長の方は区長をやって数年経った、いわばその地域の長老的な人がするが、主事の方は40代の若手が担当する。まあ、事実上、行事の計画から運営は主事が行うといってもいい。私も主事を5年務めた。主事は行事の人集めから公民館の会計までするのでなかなか忙しい。まあ、私くらい運動会に不向きな人間はいないし、きょうは文字通り顔を出しただけだった。

時々日が差す時はいいが、それ以外は半袖だと肌寒い。運動会の会場(小学校のグラウンド)から歩きに行こうかと思ったが、今ひとつやる気にならずに家へ戻った。猫たちと遊ぶ。相変わらず、あっちゃんはまだ慣れてくれなくて、私が近づくと猛ダッシュで逃げる。勘助は、「お、煮干しのおじさんだ」という顔をして擦り寄ってくる。ネット友達と雑談。昼食は、うどん、餅2個。午後、ネットの「公開」をちらちら見ながら『切羽へ』を半分くらい読んだ。「切羽(きりは)」はそれ以上は進めない場所。炭坑の一番奥の掘削場所とかである。夫を愛しながら他の男に惹かれる女性の話。ついでながら、「公開」というのはウェブカメラを使ったチャットで、女性がその姿を見せてくれる場合がある。もちろん男が姿を見せている場合があるが、それはまあ、私は関心がない。中にはアイドル的な女の子もおり、その子のいるチャットルームにはなかなか入れない。

夕食はスパゲティ(ミートソース)。夕方からヒヨリとヒナが来ていて大騒ぎだった。彼女たちは最近、ひっきりなしにしゃべり、しゃべっていない時は飛び回っている。語彙の不足は自分でももどかしいようだが、確実に増えている。夜、テレビでサッカーJリーグ、柏-川崎戦。川崎が前半に4点も取って圧勝と思われたが、柏も後半2点を返してゴールシーンが7回もあるにぎやかな試合になった。2-5で川崎の勝ち。22時からNHK「日本の現場」で離島の中学生の野球大会の話。奥尻島の中学生が「夢を持つ自信をもつことが夢」と言っていた。奥尻島ではガソリンが222円だった。大変だなあ。夜、寒い。足が痺れるようだ。

秋深む恋愛小説の栞かな (nabesan)

きょうは写真がない。あまり動かない、怠惰な1日だった。

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2008/09/26

秋冷ゆるやや控えめに胴上げす

足が痛む。痛いのは困ったことだ。精神的に破綻しないように、あの手この手をしてなんとかやりすごそうとする。いま、かろうじて下へ行って、冷蔵庫の中に入っていた、ヤマザキの「焼き餅」というものを2個食べた。ロキソニンという薬を飲んだ。勘助が来ていて、テレビのアンテナのコードにじゃれついき、それに飽きて今はテレビと本棚の隙間の狭いスペースにもぐってこちらをみている。しばらくしまっておいた煙草を出してきて吸い出す。煙草をやめろなんてこんな夜には残酷なことだ。PLという風邪薬も飲む。痛みの原因が微熱であれば効くはずだ。私は生きている。私はくすり漬けだ。ナビスコのチップスターを食べる。時計は1時45分を指している。こうなりゃやけだ、水をガブガブのんでやる。私がなぜ生きているか考えることは、こうした夜には有意義だろうか。答えはいつも、明日はたぶんいいことがある、という、根拠のない楽天だ。勘助は私のベッドの上にいて、ふわふわした掛け布団に埋もれるようにして目を閉じている。本当に私が生きているということはどういうことなのだろう。目的、そう、生きる目的がないのだ。認知症の本態は意欲の低下だ。テーブルの上には缶コーヒーの空き缶が3本あって、マウスの操作を妨害する。 きのう、小堺一機が司会するトーク番組があって、私はゲスト3人の名前を思い出せなかった。それは私にとっては衝撃的で、そのうちに近隣の人々の名前を忘れ、ついには家族の名前を忘れ、最後に自分の名前を忘れることになるのだろうかと思った。自分の名前を忘れることは、案外素敵なことかも知れない。それは違う世界へ行くことを意味していないだろうか。勘助は私の膝の上に来て、私があちこちなでてやると、ぐるぐるかすかな音を立て、てのひらを口の前に出してやるとそのざらざらした舌で舐める。猫にとって生きるととそいうことだ。 (ここまで25日未明に書いた。なんだかよくわからん)。

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結局3時半だか4時だかにようやく眠り、目が覚めたら10時近かった。雨が降った様子で庭の土が湿って黒々している。まだ雲は厚いが、また雨が降り出しそうな気配はなかった。食欲もなかったので朝昼一緒にすることにして、歩きに行こうかと家を出たが気が変わって缶コーヒーを1本買って戻ってきた。ネット友達と雑談。入浴。昼食は、売っている切り餅を4個、醤油をつけ、七味唐辛子を振り、海苔を巻いて食べた。海苔とお茶はお葬式の香典返しにもらうのでほとんど買わないで済む。そういえば、「日本財団」というのは昔の「日本船舶協会」、笹川良一がやっていた団体だが、そこが、香典を財団に寄付しましょう、という広告を週刊朝日に出していた。競艇の(つまりバクチの)テラ銭ばかりか、香典まで取り上げようということだろう。

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午後から透析。本日の体重増加は3.6kgで前回からの純増は3.1kgだった。なんてこった。強引にドライウェイトまで戻した。除水4.1kg! 美奈さんは「ワタナベさんは金曜にはつじつまを合わせるからいいよね」などとニコニコして言う。穿刺は看護師のWさんで、2本でうまくいった。透析中はテレビを見ていたがずっと半分眠っているような状態で、恵子さんが「具合が悪そうですね」と言いながらのぞきにきた。4.1kgも除水すれば体は楽ではないが「今度は4.5kgに挑戦するか」と冗談のつもりで言ったら、まじめな恵子さんは「心臓がまいっちゃいますよ」という。長く感じた4時間だった。

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帰宅すると、勘助とあっちゃんが茶の間のテーブルの下から私を迎えてくれた。あっちゃんに「おいで」と手を出すと奥の部屋に向かって猛ダッシュして、勘助がそのあとを追う。夕食はオムライス。食後しばらく休んだ。さすがに透析3回連続4kg以上も除水するときつい。この土日は反省して、節制した日を過ごそうと今のところ思っている私である。テレビで日本ハム-西武の試合を後半から見る。スィニーががんばった日ハムが勝ったが、オリックスが惨敗したので西武は優勝を決めた。西武は昔、北海道が第二フランチャイズだったと思う。そういえば、来年のWBCの監督だが、きょうNHKBSで解説していた西武の前監督・伊東勤はどうだろう。いつまでも王や星野でもあるまい。

秋冷ゆるやや控えめに胴上げす (nabesan)

写真はきのう撮ったもの。きょうは歩きにも行かなかったので写真も撮らなかった。旭川は気温7.7度だという。私はまだ半袖だが、さすがに夜は窓を閉めている。

 

 

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2008/09/25

秋日や少年走り終えんとす

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早寝早起きを志した私だが、ゆうべは22時から「その時歴史が動いた」を見てしまい、23時から「SONGS-沢田研二」を見てしまった。結局寝たのは0時頃だった。「その時歴史が動いた」は稲尾和久の日本シリーズ3連敗4連勝が舞台。昭和33年のことで、私は8歳だったがはっきり記憶がある。というのも、うちにテレビが入った年だったからだ。日本の野球で史上最高の投手は誰かといえば、たぶん稲尾だろう。年間42勝、6年で183勝というのは空前絶後。残念ながら生で見たことはない。ついでながら、生で見たことのある投手で一番は鈴木啓示だろう。当時鈴木はまだ20代なかばだったと思うが、あの球の速さは忘れられない。美しい投手といえば、若いときの藪恵壹だろう。見たのは横浜球場で一塁側だったが本当にきれいなフォームだった。で、沢田研二は別に好きな歌手というわけではなかった。昭和25年生まれというのはビートルズにはまだ幼く、グループサウンズには乗り切れなかった。沢田は還暦だそうで、好感が持てたのはその皺の多い顔を堂々とアップで写させて、今の沢田研二を見せ、歌を聴かせたこと。歌は、テクニックで乗り切っているところはあるのだろうが、こちらにはそれを感じさせなかった。案外いいぞ、ジュリー。

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というわけで、最近はいつもそうだが、一度5時頃目を覚まして勘助とあっちゃんにおはようを言い、また寝直してしまった。女房はついにある決心をした。つまり、毎朝4時頃になると勘助とあっちゃんが自分たちの部屋の出入り口をガタガタいわせて騒ぐので、新しく折りたたみ式ベッドを購入し、猫たちの部屋に寝るというのである。まあ、それはそれでもっとひどいことになりそうだが、女房の言うことに異を唱えるのは怖いので言うとおりにすることにする。9時半頃から「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。45分歩いた。上の写真は人工の滝のところにある柵の縁に写る私。カメラを構えているので顔は見えない。見えたってしょうがないけど。日差しは案外強くて、かなり汗が出た。そうはいっても、木陰にはいるととても涼しい。

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秋日や少年走り終えんとす (nabesan)

木々の影は夏のように濃くはない。芝生も次第に青さが褪せてきた。上の写真とは違う芝生広場で外国人(言葉は英語)が10人ほどいて、ボクシングをやって騒いでいた。全員体格がよく、陽気だった。帰宅して休息。昼食はチャーハン。午後、しばらくネット友達と雑談。その後図書館へ出掛けた。『ヘミングウェイ全短編Ⅰ・Ⅱ』(高見浩訳、新潮社)、『切羽へ』(井上荒野、新潮社)を借りてきた。ヘミングウェイはⅠが読み終わらなかった。井上荒野は井上光晴の娘。文学も二世が多くなってきたんじゃない?

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夕食はレトルトカレー(加哩工房)。「大辛」というのを食べたら、やっぱり辛かった。辛いのは好きだが水を多く飲んでしまう。いつも飲んでしまってから後悔する。初めて、ないしこのブログの読者になってくださって日が浅い方のために説明すると、私のような人工透析をしている人の多くは腎臓が全く、またはほんのちょっとしか機能していないのでほとんど尿が作れないし濾過もできない。つまり、健康な人ならおしっことして外にでる余分な水分やミネラルがが体の中にたまってしまう。それは血液の量が増えるということだから、心臓の負担が多くなり、ミネラルが多くなって様々な不具合を引き起こす。それで、水分やミネラルの取り過ぎは抑えなければならぬ。水分と余分なミネラルや尿毒素を体の外に出すのが人工透析というわけだ。分かってはいるんだけどなあ。

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上の写真は図書館で。外の庭園の草刈りをしていた人が一休みしていた。小泉純一郎が政界を引退するそうだ。竹中平蔵もそうだが、世の中をごちゃごちゃにしてさっさと引っ込んだ。「あの、小泉劇場が見られないというのは、ちょっと寂しい気がしますね」とNHKニュース9のキャスターがアホなことを言っていた。こんなわけのわからん人間を使い続けるなら、うちも来年から受信料を払わんぞ、NHK.。明日お詫びするかな。

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2008/09/24

秋空や啄木は草の上に寝て

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きょうは9時前に起床。ゆうべ早い時間に中途半端に眠ってしまったのでなかなか寝付けず、1時半にになったのを覚えている。朝のうちはよく晴れて、秋らしい少し硬質で透き通る日が差している。朝食はいなり寿司2個。うちではここ三代くらいのご先祖さまの月命日には何か変わったものを作ることになっている。誰かは分からないが、お稲荷さんが好きなご先祖さまがいるのだろう。他の人の日は、混ぜご飯(味ご飯と言っている)や麺類が多い。私はペヤング焼きそばにでもしてもらうか。受け継ぐ人がいればだが、あいちゃんに頼んでおこう。うちを継ぐのは次男であるヒヨリとヒナのパパになりそうである。長男は今いる浜松で暮らすと言っている。9時半頃に家を出て、「富士川クラフトパーク」へ歩きに行ってきた。薄い雲が出てきて、様々な形を作っている。1時間、ほとんど休まず歩くことが出来てかなり汗を出せた。

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秋空や啄木は草の上に寝て (nabesan)

啄木の歌に、「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」がある。不来方は、こずかた。短歌は分かち書きしてあります。

帰宅したらもう11時過ぎ。少しネット友達と雑談し、入浴と昼食。いなり寿司、カップラーメン。食べ過ぎた。昼頃から雲が空を覆い始めた。透析に行く途中ガソリンスタンドに寄り、地元紙(山梨日々新聞)を見せてもらう。ヴァンオーレ甲府大勝利の記事を見るため。というわけで、午後は透析。本日の体重増加は4.0kgで、前回からの純増は3.0kgだった。ゆうべ寝付けずにいて、ファンタオレンジを1缶飲んでしまったりしたのが痛い。500g残す。きょう明日はなんとか頑張らないといけない。穿刺は看護師のWさんで2本で済んだ。Wさんはかなりの巨体で、その体重は推定するのが難しい。1本目はすんなり入ったが、二本目では「あ、つっかかった」などと言う。首をかしげて「ま、大丈夫かな」とそのまま透析開始。本当に大丈夫だった。美奈さんは休みだったので、恵子さんに頼んでウレパールを出してもらった。これからの季節、私は乾燥痒みが出てくる。

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帰宅すると、女房に抱かれてあっちゃんが出迎えてくれたが、勘助ときたら冷蔵庫の前で寝そべっていた。あっちゃんはちょこちょことよく動く。気が付くとキャベツの切れ端をかじったりしている。女房の観察によると、勘助は便秘しているのではないかと言っている。そういえば、猫菜がなくなって、葉っぱを食べていない。食事中に便秘の話が出来るのは猫ならでは。夕食は、チャーハンというかピラフ。

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そういえばきょうの「お元気ですか日本列島」で、「黄色い声」という言葉を取り上げていた。女性のキャーッという声をなぜ黄色い声というのか、ということ。3つその理由らしきものが紹介されていて、(1)黄色が1番明度が高い色だから、(2)お坊さんが読むときの抑揚のうち一番高い声のところに黄色で印をつけたから、(3)金属をこすり合わせるキーキーという音から(金の色から)。どれもいまひとつ説得力がない。江戸時代の読み物では、男の下手な歌声も「黄色い声」と書いているそうだから、女性の声だけになったのは案外最近のことなのだろう。

またしても、新内閣発足。とてもくだらないジョークを聴いた後のようにしらーっとした気分。まあ、総選挙の結果次第内閣で、もしかしたら11月頃にまた新しい内閣が出来るかも知れない。民主党(自民党小沢派)政権が出来るのかなあ。それからきょう三笠フーズに強制捜査が入ったそうだ。おいおい今頃かい。証拠を十分に隠滅できたと判断して入ったのだろうか。案外、某大物政治家(Y氏のことではない)でも絡んでいるのだろうか。きょうは書くことがない。なんとか、早寝早起きの生活に戻りたいものだ。

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2008/09/23

若住職力み残して秋彼岸

きょうは4時頃一度目をさました。目を覚ます前に見た夢。4畳半くらいの茶の間のような部屋。老人と私が座っている。老人の顔を見るとそれは谷崎潤一郎であった。谷崎潤一郎なんてもう25年は読んでいないのになぜ出てきたか不明。そのうち、谷崎が謡曲のようなものを歌い始める。曲が途中で中断して、ふと谷崎の大きな湯飲みを見ると、「このあとまだあります」と文字が出ている。また谷崎が何か歌い出す。少しすると外から一人のおばあさんが入ってくる。なんだかひどく泣きながら奥の部屋へ消えた。後を追う谷崎。気が付くと、部屋には弟夫婦や幼い頃の姪などがいた。私は座布団に座ろうとしてはっとしてそこに座るのをやめると、いつの間にか戻っていたおばあさんが「そこでいいのよ」という。私は「谷崎先生のところはまずいです」と言っている。そして、ふっと見るとその座布団の上にもう谷崎が座っている。おばあさんが谷崎に新聞を渡す。なぜか山梨日々新聞。おばあさんが次の新聞を渡そうとすると、「それはうちのだから」と義妹が取り上げる。そこで目が覚めた。それにしても、谷崎潤一郎なんて、私の夢に出てくるにしては大物過ぎて、目が覚めて反芻しながらなんだかおかしかった。(夢を記録するには目覚めてすぐの反芻が大切で、その時覚えているつもりでも反芻しないと忘れてしまう)。

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(ペコちゃんのペール缶もあっちゃがもぐる遊び道具)

上まで取り急ぎ書いて、またベッドに横になり、次に目を覚ましたら8時だった。朝食はサンドイッチ(卵、ハム、レタスなど)、牛乳。8時半頃、ガソリンスタンドに行き給油。歩きに行くつもりだったが、少し膝あたりに痛みがあるので止めた。帰宅してネット友達と雑談。昼食はペヤングソース焼きそば。カップ焼きそばだが、思い切り胡椒を混ぜて辛くして食べるのが好き。こんなものを食べていていいはずはない。

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(久しぶりに私のベッドで眠る勘助。19:00ごろ)

午後からお寺に行って彼岸の法要。まあ、要するに隅の方に座ってお経を聞いているわけだ。「自我得仏来・・・」など、日蓮宗のお経。一度、創価学会でも同じお経を上げていると聞いたことがあるが本当だろうか。今の住職は先代に比べていくぶん法要が長い。丁寧なのか要領が悪いのか。そういえば、お寺の住まいの部分は今改築中で、お経の間にも電気のこぎりの音が聞こえたりした。実はほとんど新築なのだが、「改築」としないと、他の建物との距離を5m取らなければならないのだそうだ。

若住職力み残して秋彼岸 (nabesan)

帰宅して少し猫たちと遊び、チャットをした。夕食は親子丼。テレビでサッカーJリーグ、千葉-名古屋。千葉は降格圏からの脱出のため、名古屋は初優勝のため是非とも勝ち点3が欲しいところだった。千葉が押し続け、先制されたものの逆転勝ちした、ようだ。ようだ、というのはNHKBSで、 久石譲のコンサートを放送していたので前半が終わってからそっちを見た。まあ、退屈な音楽で眠くなったってきた。結局1時間半くらい眠った。サッカーの話に戻ると、J2で広島がJ1昇格を決めた。あとはきょう2位にいた山形が負けたことで混戦になってきた。甲府にもチャンスは出てきた。ただし、今後負けないこと、という条件付き。

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2008/09/22

石段をそろりそろりと秋彼岸

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きょうは8時近くに起床。降りそうで降らないような天気。朝食はご飯、昆布の佃煮、ふりかけなど。9時頃から「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。様々な木々が色づき始め、落葉し始めている。45分歩いて、すこし汗ばんだ。

石段をそろりそろりと秋彼岸 (nabesan)

帰宅して少し勘助、あっちゃんと遊ぶ。勘助はゆうべ久しぶりに私の腹から胸に腹這いになって、撫でてやると嬉しそうに目を細めていた。私は勘助を乗せたまま眠ってしまった。勘助はそこはおれの場所、というようにごく自然に私の体の上に来た。あっちゃんはこの前膝に乗せて背中を撫でてやったら、逃げだそうとはせず、膝の上で長々と(といってもタカが知れてるが)寝て、目をつむった。あっちゃんはだんだん人に慣れてきた様子。昼食はおはぎ(あんこ、きなこ各2)、けんちん汁、牛乳。

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そういえば、ゆうべエキサイトのコネタを見ていたら、「小2の算数が複雑過ぎる」という噂という記事があって面白かった。52-8という計算を、まず52を40と12に分け、12-8=4、4に40を足して44というふうにするのだという。私も引き算は苦手だがそれは考えなかった。まあ、これくらいだと私も一発で暗算できるから、何を持って回ったことをするんだと思ったが、記事の下の方にそうする理由があった。その理由を見るとなるほどと思うので、リンクからどうぞ。

IMGP5420.JPG午後から透析。病院までの途中雲が切れて強い日が差してきた。本日の体重増加は4.5kg。1kg残した。穿刺はF先生で痛かったが2本で済んだ。看護師のIさんが来て、彼女の家で5頭飼っている猫のうち1頭が具合が悪いそうだ。室内飼いではないようだから、ノラと接触してウィルスをもらってきたのではないかと言っていた。美奈さんも来て、金縛りの話をする。彼女も時々襲われるそうで、話の様子(つまり金縛りになるタイミングとか「症状」とか)が私と同じだった。仲間が増えた。恵子さんは休み。夕食もおはぎ、けんちん汁。けんちん汁と豚汁とはどこらへんが違うのだろう。

書くことは、あまりない。麻生太郎のことがあるだろう、というだろうが、私から見たら見え見えのデキレースだし。自民党は一応総裁選をするがここのところ、特定の候補になだれをうつことが多い。日本的保守の本態は「長いものにはとりあえず巻かれておく」ということなのだろう。そういえば、きょうの朝日新聞「ポリティカにっぽん」で鳥取県智頭町が紹介されている。町長は「若者、よそ者、ばか者が町作りのエネルギー」「ぜひ、この町にいらっしゃい。政治から逃げていらっしゃい」といい放つ。政治から逃げる! というのはすごいと思う。麻生太郎と小沢一郎という同じ穴の狢(むじな)の争いなど投げ捨ててしまえ、自分の足で立とうじゃないの、ということ。それくらいの気合いがないと地方はやっていけない。

以前引用した詩についてコメントをいただいたので、今夜も一つ。

玉階怨 (李白)

玉階生白露  ぎょくかいにはくろをしょうじ
夜久侵羅襪  よるひさしゅうしてらべつをおかす
却下水精簾  すいせいのすだれをきゃっかして
玲瓏望秋月  れいろう しゅうげつをのぞむ

「羅襪(らべつ)」は薄物の靴下のこと。日本では「玲瓏たる月」というがこの詩あたりが元祖かも知れない。

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2008/09/21

寝てばかりいて秋雷に叱られる

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きょうは10時半まで寝ていて、さすがに目が覚めて自分で驚いた。ゆうべ寝る前に、レンドルミンとロヒプノールの2種類を一緒に飲んだので、薬が効きすぎたのかも知れない。それから、昼食に用意されたちらし寿司を食べた。朝昼兼用。外は弱い雨が降り続いていて、低い雲がたれ込めて暗く、向かい側の山も見えない。ヒヨリとヒナたちが来たが、私は妙に疲れた感じがしていて、少し遊んだだけで2階に上がった。彼女たちは2階へ追いかけてくるようなことはない。12時頃からまた眠って、14時頃起きた。起きる前に、また金縛りが起きる。いつもなら夢を見て予兆があるのだが、きょうはいきなりきた。ただ、時間は短く、すぐ体は自由になった。あとのひどい疲労感は同じでしばらくベッドで横になっていた。

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これは私の右手。きょうは一度も外に出なかった。ほとんど何もせず、この前図書館から借りてきたヘミングウェイの短編集や、きょう届いていた『週刊朝日』10/3号を読んだりしていた。週刊朝日としては総選挙後の政権が自民党になるのか民主党になるのか見切っていないようで、小沢一郎へのインタビューと麻生太郎の記事両方を並立させている。どちらかといえば小沢の分量が多い。それから高橋真梨子へのインタビューも載っている。彼女はカーネギーホールでコンサートをするという。高橋はベドロ&カプリシャスの頃に一度生で見たり聞いたりしたことがある。ペドロが「歌がうまくて美人のボーカルがなかなかみつからなかったが、片方をあきらめたら、彼女がいた」と高橋のことを紹介した。彼女は14歳の頃から、米軍キャンプで歌ったりしていたそうだ。父親はジャズの人だったので、そのころはジャズをならったそうだ。「・・・60歳ならではの歌い方を包み隠さず出したいな、それを聴いてほしいなというのが本心なんです」「腕立て伏せをしながら声を出すのが、いちばん発声にはいいんです」などと述べている。連載688回目の、山科けいすけの漫画「パパはなんだかわからない」は次のよう。某社の営業マン、横山さんが公園のベンチで缶のお茶をのんで一休みしている。横山さんは長袖のワイシャツにネクタイ。上着は置いていないから初めから着ていなかったのだろう(←1コマ目)。そこにノラの子猫が歩いてくる。丸い花壇が見える。横山さんは顔をほころばせる(←2コマ目)。横山さんの背後の木の枝にカラスが来て「くわあ」と鳴く。横山さんは「ん?」といった表情(←3コマ目)。突然そのカラスが子猫に襲いかかろうとする。はっとする横山さん。冷や汗が出ている(←4コマ目)。横山さんはお茶の缶をカラスに向けて投げて子猫を助けようとする。横山さんは右利きであって、その腕の振りは「びゅっ」というほど早い(←5コマ目)。ところが投げたお茶の缶はたまたま通りかかった男性(こちらは上着を着ている)の顔に命中してしまう。カラスは逃げ、子猫もあわてて走り出す(←6コマ目)。場面は変わって「パパ」(横山さんの上司で営業二課課長)の顔がアップになり「・・・というわけでして・・・」というセリフ(←7コマ目)。パパが第一課課長に話している。「私にののしられ、イジメられた横山さんが腹いせに通り魔に走ったというウワサはウソですから・・・」というのが落ち。説明が必要なのはいつも「部下をののしり、イジメているのは第一課長の方」ということ。それを知らないとあまり面白くない落ち。横山さんは、いつもチョンボや居眠りばかりしている優秀とはいえない禿頭のおじさんで、この漫画になくてはならないキャラクターである。というわけで、以上漫画を文章で説明するのは大変で難しいという話。

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まるでキスしているようだが、勘助があっちゃんの首のすぐ後ろをなめている。「二人」の間にあるのは爪研ぎで、いい加減だめになってきている。二つ置いてあるのだが、どうしても勘助が研いでいると同じ所にあっちゃんも行く。夕方、短い雷。その時だけ雨が強まった。夕食はご飯、ラーメン。夜もまた20時45分まで眠る。21時から、N響アワーでプロコフィエフ「ロメオとジュリエット」を聴いた。続けてETV特集、手話の話。昔、全国障害者スポーツ大会に出たとき、チームメイトに聾の女の子がいて、私に何か伝えようとしているのに伝わらず悲しそうな顔をしていたのを思い出す。聾の人だけの手話は日本語と全く文法が違うようで、直訳を見ると英語に近い。聾の子どもたちに聾の手話を使って授業して日本語を教える試みをしている若い先生と子どもを中心にしたドキュメント。

寝てばかりいて秋雷に叱られる (nabesan)

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2008/09/20

杖の人通り過ぎたり萩の前

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きょうは8時頃まで寝ていた。それというのも、ゆうべは11時前に寝付いたのだが1時半頃目を覚まし、例の「官能小説」を書いて3時近くなって寝直したためである。そういえば、「官能小説」は当初ヤフーのブログで始めたのだが、8回目くらいで「不適切な文字列があります」と出て、更新出来なくなった。そりゃあなた、官能小説なんだから、不適切な文字列の固まりでしょ、と言いたくなったが、仕方がないから他のブログに移った。まだ、公表の段階ではないのでしばしお待ちを(待ってないか)。その未明の段階では降っていた雨は、目が覚めた8時頃には上がっていて、夏のような紺青の空が広がっていた。朝食は食パン1枚、マーガリン、コーヒー牛乳。9時頃おじいさんをデイサービスに送る。暑くて外にいるだけで汗ばんだ。家と狭い町道1本を隔てた八幡さまの土手に彼岸花が一気に咲き始めた。

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写真のようなきれいな青空はすぐ見えなくなった。雲が四方から広がってきて10時頃には日がかげり、ただ少し蒸し暑い感じは続いていた。しばらくネット友達と雑談して、「富士川クラフトパーク」へ歩きに行ってきた。意外と人が多かった。といっても、車が20台程度。ゆっくり45分歩いた。まあ、ゆっくりしか歩けないのだけれど。あちこちに萩が花を残している。久しぶりに手すりがない、危ない階段を下りた。特に問題はなかった。

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 杖の人通り過ぎたり萩の前 (nabesan)

昼食は日本そば。午後1時間半ほど眠った。猫たちの部屋へ行ったが遊んでもらえなかった。部屋に入ったときは「二人」でゲージに入って寝ていた。あっちゃんが奥にいて、勘助が入り口を見張るように丸くなっている。あっちゃんは相変わらず元気いっぱいで、部屋から出すと何をしでかすかわからない。平気で階段を二三段転げて女房に悲鳴を上げさせたりしている。

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朝日新聞の土曜別刷り「be」は、三木露風の「赤とんぼ」の物語。この歌について私が知らなかったこと。この詩は函館で作られたこと。歌の背景は兵庫県たつの市の幼年時代だが、函館の赤とんぼを見て思いついた。十五で嫁に行った「ねえや」はお姉さんではなく、雇われた子守娘だった。「赤とんぼ 止まっているよ 竿の先」は12歳のとき露風が作った俳句そのままだそうだ。なお、作曲の山田耕筰が赤とんぼの「あ」にアクセントを置いたのは江戸弁だからだそうだ。まあ、私にはこの歌に特に感慨はない。「ねえやは 十五で嫁に行き」というところで、ずいぶん早く結婚するものだなあと思ったくらいである。赤とんぼ(アキアカネ)は危機的なほど減少しているそうで、新聞には「毒性の高い農薬が使われる地域で減少が著しい」とある。「毒性の高い農薬」を使った国産の農産物もあるということだろう。

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夕刻近く、西南の方向にきれいな水色の空が現れた。この色が一番好きだけれど、写真はうまくないなあ。望遠レンズが欲しい。というか、山だの木だのが多くてよく見えない。夕食は、そうめん(ホット)、ご飯、焼き肉。9時からBSでこれ、子どもの頃見たことがあるなあと思いながら「隠し砦の三悪人」を見ている。昔は、小学校のグラウンドで夏の夜映画会があって、バックネットとか校舎に幕を張って上映された。

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2008/09/19

露草や石段下りてすぐの藪

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4時頃だったか、内容は忘れたけれどもなんだか変な夢を見続けて一度目を覚ました。弱い雨が降っていた。すぐまた眠れて7時半起床。朝食はご飯、きのうの餃子、ヨーグルトなど。雨は上がっており、雲の裏側に太陽の所在もわかる。8時頃歩きに行くことにして「富士川クラフトパーク」へ行った。1時間歩いた。きょうは好調で、どこかが痛かったり疲労感が出たりはしなかった。ほとんど休まず歩いた。きのうの休養が効いていた。あっちゃんをくれた事務局の人と会ったので、少し立ち話をした。「猫は元気ですか?」「ええ、お兄ちゃん猫を追っかけてます」。帰宅してテレビでヒンデミット「画家マチス」を聞いた。小泉和裕と大阪センチュリー交響楽団。この曲今年に入って、テレビで二回目。NHKが好きなのだろうか。この他、NHKは「幻想交響曲」が放送されることが多い。入浴して昼食はチャーハン。量が多くてやっと食べた。たぶん残ったご飯を全部使い切ったのだろう。

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午後から透析。本日の体重増加は2.5kg。チャーハンが多すぎた。穿刺はF先生で、1本失敗。刺し直したところが失敗したところのすぐそばで、失敗作を抜くことが出来ず、4時間3本の針を刺したままでいたので、後半少し痛みが出てきた。透析中はうとうとしたり、テレビを見たりの繰り返し。今は大相撲をやっているので、NHKの15時台、16時台の再放送者がないのが寂しい。大相撲はちゃんと客が入っている模様。大相撲界に一番甘いのは観客とNHKかも知れない。きょうは美奈さんが休みで、特に用もないから恵子さんもベッドに来てくれなかった。Iさんが来て、この前行った動物病院の話をした。きのうIさんも猫を連れて病院に行ったそうで、「勘助って猫が来たでしょ」と言ったら、先生は覚えていたそうだ。今後、その病院が勘助とあっちゃんの主治医になりそう。そういえば、野良猫などに勝手に餌を与えると罰金、という条例を東京都荒川区が作るようだ。それなら動物保護法をもっと厳格に適用して、猫を捨てた者もきちんと処罰しないと不公平というものだろう。

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病院から外へ出ると大粒の雨が降っていた。台風13号は海上を進みそうなのでこちらは大したことにはならない模様。この集落の下を通っている国道は連続雨量が250mmで通行止めになる。以前は200mmだったので年に3回か4回通行止めがあったが、50mm増えただけで年に1回あるかないかになった。帰宅したらヒヨリとヒナがきょうも来ていた。上の写真のような格好でキティちゃんを見ていた。ピンクがヒヨリ、黄色がヒナ。

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「二人」はたいていくっついて寝ている。勘助が起きあがっているのは私が部屋に入っていったため。あっちゃんはまだ私たちに慣れておらず、膝に乗せて勘助なら喜ぶところを撫でてやっても抵抗したりする。なかなかのお転婆で手を焼きそうだ。左側の青は公式戦と同じサイズの卓球台で、つまり卓球ができるくらい広い部屋を猫の兄妹が独占しているわけだ。適当に狭い隙間や箱や椅子で段を設けているので住み心地はいいようだ。あっちゃんがこのテーブルに登るためには、3段ジャンプをする。勘助は一回。私たち、「じーじとばーば」がいないときはもっぱらこの部屋で過ごす。以前勘助だけだったころは朝方3時か4時頃になると、戸を開けろといって大騒ぎしたが、今そんなことはない。

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(これはハナミズキの実)

きょうは農林水産大臣が事務次官を道連れに辞めたそうで騒ぎになった。まあ、総理大臣だって急に職を放り出すくらいの内閣だからしょうがないが、自民党の総裁選挙はすっかり盛り上がらなくなった。自民党と公明党が目論んだ、総裁選でお祭り騒ぎをして、一気に総選挙という、劇場型選挙のシナリオはどうも破綻しそうである。つまり劇場は作ったけれど、客の入りがイマイチということになりそうだ。これで麻生太郎が総裁になれば、なんだデキレースじゃんと思われるのは目に見えている。きょうの朝日新聞・天声人語はナポレオンが軍事について語った言葉を引用している。「あらゆるチャンスをよく計算し、次に、偶然というものを、ほとんど数学的に、正確に考慮に入れる」。福田さんは、あらゆるチャンスをよく計算して、政権を投げ出したが、偶然に対する考慮が足りなかった。汚染米に金融ショックに年金問題に農水大臣の敵前逃亡的辞任なんて、よくよく福田さんはついてない。とはいえ、「ぼく辞めた」といったあとで起きたことは他人事で、それこそ「客観的」に眺めていればいいのだから、楽ちんかもしれない。京都の方で活動している劇団に「笑の内閣」というのがあるが、本家は「大笑いの内閣」である。国民としては笑うほかないではないか。

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露草や石段下りてすぐの藪 (nabesan)

クラフトパークの一番上にある休憩施設から何段もの石段を下って、やれやれと思ったところの、藪ともいえない小さな草むらに露草が身を寄せ合うようにしていくつも咲いていた。この花もずいぶん長く咲いている。

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2008/09/18

涙する中学生や秋深む

ゆうべは、足の痛みが出てあまり眠れなかった。一度7時頃起きて朝食に食パン1枚を食べ、食休みのつもりでベッドによこになったらすっかり熟睡してしまって、昼食で女房に起こされるまで寝ていた。昼食はラーメン。午後もまた寝た。15時近くに起きたのだが、久しぶりに金縛りがきて苦しかった。金縛りの前には夢を見ている。運動会のテントの中に座っている私は「このままじゃ金縛りになる」と言いながら立ち上がると、もう金縛り状態に入っていた。その時は、眠りと覚醒の中間状態にあって、現実を背景にした夢、またはその逆で、ちゃんと部屋の様子は見えているのだが、体は何かに拘束されて動かない。必死に起きあがろうとするが、そして起きあがったと思うのだが実は姿勢は前と同じで、起きあがったのは夢である。なんとかこの状態から脱出しようと、声を出す。女房が気づいて手足を揺すってでもくれれば金縛りから逃れられると思ったのだが、何度声を上げても女房は気づいてくれず、のんびり窓を閉めたりしている。実は声も出ていないのだろう。それでも何度も声を出す試みを続けて、何度目かにやっと金縛りが解けた。最後は本当に声が出ていたらしく、女房が飛んできた。金縛りのあとは全身に疲労感があって、きょうは汗ばんでもいた。やっと起きだして、少し猫と遊んだ。部屋に行ったら、勘助とあっちゃんはゲージの中でくっついて寝ていた。

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IMGP5300.JPG17時頃、息子から電話があってヒヨリとヒナを保育園に迎えに行った。向かって左がヒナ、右がヒヨリ。二人はキティちゃんのビデオを見ている。キティちゃんは双子なので親しみがあるらしい。キティちゃんは双子のお姉ちゃんで妹はミミーである。ちなみに、キティちゃんを生んだサンリオはもともと山梨が発祥で、山梨シルクセンターという会社だった。サンリオの「サンリ」は「山梨」である。社長の辻信太郎は山梨県の職員だったという。小さい写真は、この前あいちゃんの実家へ行ったとき、あいちゃんの妹で、二人とも大好きなえりちゃんに買ってもらった髪飾り。アンパンマンとメロンパンナちゃん。きょうはだいたい、休養専一の日だった。

涙する中学生や秋深む (nabesan)

10時45分から、アンジェラ・アキと中学生の交流を描いたNHKの番組を見ている。いいなあ、中学生。彼らは「仲間」を欲し、それが得られず悩み続ける。アンジェラは今年の合唱コンクールの課題曲を作ったそうだ。

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鈴虫やある夜さみしき独裁者

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夜、ビートたけしの「独裁者の何が悪い」という番組を見ていたら9時半頃女房の悲鳴。あっちゃんが女房の部屋の柱のところにある5cm×8cmほどの穴に入ってしまって、要するに床下にもぐってしまったというのだ。かくしてあっちゃん救出劇がはじまった。穴から手を入れて指を動かすと引っ掻いたり噛みつこうとはするのだがどうしても捕まえられない。女房は泣き出すし、あっちゃんの足は捕まえても爪で頑張ってしまうから、せっかく掴んだのに離さざるを得ないでイライラするし。10時15分頃から、一計を案じて細めの荷造りひもの先に煮干しを結わえてブラブラさせてみた。女房と二人大汗をかくこと40分、ついにあっちゃんの首根っこを捕まえることに成功して救出劇は終幕した。穴の存在は女房も気づいていなかった。古い家というのはどこに穴ぼこがあるかわからない。女房は「もう大きくなるまで部屋から出さない」と宣言した。そんなわけで11時頃になってようやくブログを書き始めた。テレビを点けたらパラリンピックの閉会式。オリンピックのを流用するのかと思ったらこっちはこっちで別の演出だった。全国身体障害者スポーツ大会の場合は国体のマスゲームをもう一度やりなおす。だから、国体の開会式が見られなかった人で割と観客も多い。

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きょうは午後から透析。体重増加は3.2kgで、前回からの純増は2.3kgだった。どうにかドライウェイト(56.8kg)まで戻った。穿刺はF先生で「ワタナベさんは皮膚が硬くなりやすいんですよね」といいながらも、2本ですんだ。「調子はどうですか」「どうってことありません」「絶好調ですか?」「絶好調じゃないですが、好調です」。F先生はまだ若く、といっても30代前半か半ばで、太く短めの足の上に丸くてメタボリック症候群の疑いもある丸い胴体があり、短い首を経て丸い柔らかい表情の顔が乗っている。つまり、縦長の楕円を二本書き、その上に角を取った四角を書き、その上に丸を書くとだいたいF先生になる。患者に向かうときは表情を更に柔和にして笑顔を作り、丁寧で簡易な言葉で話す。透析をさぼってしまった人(高齢化でそういう人も時々いる)に注意をするときも同様だ。F先生を見ていると医師は言葉の商売だと思う。

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最初に書いた「独裁者の何が悪い」を見ながら、もしも私がある日突然「あんた日本の独裁者になって」と言われて、引き受けざるを得ないことになったらどうするだろうと考えた。そうだなあ、まず勉強はしなきゃならない。国家が行っていることで、何が有益で何が無駄かを判定するための勉強。なにしろ独裁者だから、えらい先生は呼び放題。おそらく、独裁者の私は、今の憲法や制度を変えないだろう。ただし、国会の決議に対する拒否権を留保する。天皇も問題だ。独裁国家になれば「国体」が変わるわけだから天皇の立場は微妙になるが、とりあえず、次の次の天皇まではこの制度を維持しようとするだろう。私、今の天皇皇后が嫌いじゃないです。具体的な「政策」としてはまず、食糧の増産を図る。農畜産業や漁業の家庭には毎月15万円程度を配る。さらに作物を売ることで得た所得に対する税金もなるべく低く抑える。「農業やんなきゃ損だ」という社会にしてしまう。原発は停止する。電気は他の方法で作る。足りなくなったら停電にすればよい。昔は「電休日」というのがあったのだ。財源が足りなくなると思うだろうが、酒税をうんと上げればよい。ビール1本1万円とかにする。独裁者である私は飲まないから影響がない。それから・・・と考えて行くと、ついには昭和30年代前半くらいに国のレベルは下がるが、それはそれで案外ユートピアかも知れない。経済大国である必要などないのだ。なにしろ独裁者だから、国家予算は私のものになるので、豪華客船を1隻丸ごと買い上げて世界一周の旅にでて、指図はメールでするってのも悪くない。なお、このブログの読者は、私が独裁者になった暁には、飲めや歌えや酒池肉林の生活を保証します。だんだん不真面目になってきたな。古代ローマでは「独裁官」という立場の人がいたらしい。要するにみんなでごちゃごちゃ議論しても時間の無駄なので、優秀で毛並みのいい奴の判断に任せようというものである。私が「優秀で毛並みがいい」わけないか。だが、独裁者になったら、と考えるとそれはそれで見えてくるものもあると思われる。日本の今の制度や政治に今までとは違った光の当たり方がするかもしれない。妄想のいろいろには知らん顔で鈴虫が鳴いている。

鈴虫やある夜さみしき独裁者 (nabesan)

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本日(17日)の食事。
朝:菓子パン、紅茶、ヨーグルト。
昼:ご飯、豆腐、焼き魚。
夜:ご飯、サバ煮付け、なすとししとうの味噌炒め。

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2008/09/16

花韮に来ては離れて蝶一羽

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(明日は咲こうかという彼岸花)

きょうは7時頃起床。雨が降っていた。朝食は食パン2枚(8枚切り)、マーガリン、ジャム、アイスココア。とりあえず猫たちと遊んだ。勘助の目はずいぶんよくなった。心なしか全身状態もよくなったような感じで、食欲も出てきたように見えるし高いところへジャンプする時の動きも元気になった。あっちゃんは相変わらず勘助の周りをチョロチョロしている。食欲は旺盛で、ちょっと油断すると勘助の皿にも首を突っ込んでいたりする。雨は9時半過ぎには上がったが、少し膝に痛みを感じたので歩きに行くのは中止した。しばらくネット友達と雑談。昼食はチャーハン。

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写真はカメラのストラップと戦うあっちゃん。よく見ると尻尾が写っているが、勘助は向こうの方でのんびりとあっちゃんを見ている。彼女(あっちゃんのこと)は、きょう初めて階段を下りた。今までは抱っこして上り下りしていたのである。階段の上においてやると、しばし考えていたが、ぴょんと一段下りて、また考え込んでしまう。下で励ますとようやくぴょんと飛んだ。あとは順調で、転げるように下りていった。

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近くの車庫に貼ってあった運動会のポスター。光太ろうくんは2年生。わが地区(38戸)で唯一の小中学生である。彼は毎朝隣の地区までおじいちゃんとおばあちゃんと車で行って、そこの地区の子どもたちと一緒に集団登校する。おじいちゃんも防犯のために一緒に学校まで歩き、またおばあちゃんが学校までおじいちゃんを迎えに行くという複雑なことをしている。運動会は豊岡小学校だけでは児童が少ないということもあって、昔から、地区の運動会と一緒にやっている。私の住む地区は伝統的に綱引きが強かったが、最近はあまりの高齢化のため全然だめだ。ただ「ビン立てリレー」においては反則すれすれの技術を持っており私が公民館の役員をしていたころから連勝中。

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花韮に来ては離れて蝶一羽 (nabesan)

通販のカタログを見ていた。例の官能小説を書くため。いくら官能小説でもベッドシーンだけじゃまずいから主人公に公園をでも散歩させようかと思うと服装が問題になる。普段、女性の服装を注意深く見ているわけではないから私にはわからない。というわけでニッセンのカタログである。見たのはもちろん「秋号」で、ありとあらゆるものが載っていてついつい見入ってしまった。当然下着も載っていて、その惹句がすばらしい。「脇・背中すっきり、谷間くっきり」「攻め胸」「お腹と胃をダブルで引き締める」「気になる部分にメリハリキープ」等々。女性は大変である。それにしても、下着モデルはウエストに影ができるのがすごい。

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向かって左がヒナ、右がヒヨリ。きょは夕方二人を保育園へ迎えに行った。彼女らは日曜と月曜をあいちゃんの実家へ行っていたのでその話を一生懸命話そうとするが、順序立てて、論理的に説明するには語彙が足りない。自分たちももどかしそうだ。キティちゃんとアンパンマンのビデオを見ていた。キティちゃんも双子で親しみがあるらしい。「ヒヨリとヒナは同じ顔」などと言う。もちろん顔は違うが私は相変わらず間違える。

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夕食は焼きそば。きょうは女房が懸賞に当たって景品が届いた。テレビ山梨というTBS系列の地方局が毎週山梨県内の市町村を特集していて、その中でやっている懸賞。きょうもらったのは、上野原市の時のもので、三種類送ってくるようだがきょうは2種類、アンドーナツ、豆腐だった。アンドーナツの方はちゃんとお店の人からの手書きで手紙が入っていた。夜、テレビでサッカー・プレミアリーグ、リバプール-マンチェスターUの試合を見る。面白い試合だった。リバプールが勝つ。「マンチェスターとリバプール」という曲があったな。サッカーの後、「きょうの料理」と「おしゃれ工房」と見て、パラリンピック。もう終わりだそうだ。障害者スポーツを広げるのは難しい。私のように中途で(20歳前後で)障害者になるとどうしても外との接触が少なくなって、誰か誘ってくれる人と出会わないとスポーツの場に出て行くなどということは考えもしない。障害者スポーツが盛んかどうかは、福祉制度の水準や国民の意識を測るものさしになるかも知れない。パラリンピック放送の次の「視点・論点」では歌手の庄野真代が出てきて最近訪問したバングラディシュの話をしていた。「国境なき楽団」という団体の代表だそうだ。日本のODAを褒め称えていた。ODAを賞賛する話などなかなか聞けるものではない。たいていは役立たずだの被援助国の汚職だの日本企業への資金の環流だのという話だ。

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2008/09/15

秋深む女医の白衣に皺があり

きょうは7時頃起床。薄曇り。朝食はブドウ入りのロールパン2個、ジャム、マーガリン、紅茶。8時頃から「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。カメラは持って行ったが、SDカードが入れ忘れていて写真は撮れなかった。それでも一応カメラをぶら下げて歩いた。階段を昇降する時など、カメラを右手で握っていないと体のバランスがうまく取れない。カメラは地面に突かない杖になっている。だから、一眼レフのグリップはすでに塗装がはげ始めている。ちなみに私の歩行能力は、「体操の平均台の上を歩いているようなものだねえ」(昔の整形外科の主治医)。途中薄日が差して気温も上がった。汗は出たけれど、それほど大量というわけではなかった。

帰宅して、勘助とあっちゃんに遊んでもらい、ネット友達と雑談。昼食は朝と同じだが、飲み物はアイスココア。女房はきょう、県民体育祭の50歳以上女子60mに出場するため朝のうちに出掛けたので昼食は「そのへんのを何か食べて」ということだった。女房は今年に入ってから手足も胴体も十分に太くなったので、「そんな体で60mダッシュなど無理だ。怪我をするぞ」と警告したのだが強行出場した。結果は聞いていないが、見たところ普通に階段を登るし、怪我はしていないようだ。風呂に入って昼食を食べると眠くなる。合計だと1時間近く寝てしまった。

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(20時55分ごろの勘助とあっちゃん。勘助が目をつむっているのは偶然)

きのう、半分しか開かず目やにも出ていた勘助の左目はだいぶよくなった。目薬は朝夕に点眼している。これが二人がかりで大騒ぎ。ジタバタする勘助を女房が抱きしめ、私がまぶたの上を指先でぐいと開いて薬を落とす。勘助は何をしやがるんだと身をよじり抵抗するが、さすがに人間の二人がかりにはかなわない。ともあれ、きょうはよく見ないとわからないくらいに勘助の目は回復した。あっちゃんの方は相変わらず元気で食欲旺盛。ボールを追いかけたり、ひもと格闘して、疲れるとだらっと寝ている勘助兄ちゃんの横にきてちょっかいを出したり、一緒に寝たりしている。勘助は寄ってきたあっちゃんを舐めてあげる。すると、あっちゃんはグルグル喉を鳴らす。私が抱いてあちこち撫でてやってもグルグル言わないのは寂しい話である。勘助には慣れたが、人間にはまだ慣れていないのだろうか。

午後から透析。きのう水を飲みすぎており、体重増加は4.3kg。前回からの純増は2.8kgだった。4.0kg除水して800g残した。穿刺は美奈さんで2本で済んだが、途中で血液を抜く側と戻す側を取り替えた。きょう、透析室の医師は美人女医のS先生で、去年内視鏡で私のガンを見つけた人である。私はずっと、12年も泌尿器科的処置を続けていたのだが、それをやめるべきかどうか相談した。もうしばらく、頻度を少なくして続けることにした(といっても、何のことか解らないだろうが、まあ、おしっこ系の話である)。透析中はほとんどうとうと寝ていたような気がする。透析後半から発汗がひどくなり、美奈さんが背中にタオルを入れてくれた。16時過ぎから、テレビでサッカープレミアリーグ(イングランドのトップリーグ)、ブラックバーン-アーセナルの試合を見た。アーセナルのワンサイドゲーム。

秋深む女医の白衣に皺があり (nabesan)

19時10分帰宅。夕食はコロッケ、さんまの唐揚げ? どっちもスーパーで買ったもの、ひじきの煮物。食べ終わる頃から雨音がし始めた。それと同時に遠くの鐘の音みたいな強くはないが根深い感じのする頭痛が出て来た。4.0kgも除水すればどこかおかしくなる。たった4時間で4kgも体重を減らすということなのだから。いつものことながら、ちゃんと体重管理をしなきゃと、今は深く反省している。

『週刊朝日』9/26号では、星野博美が連載コラムで「行列」について書いている。「中国で、食べ物や切符がなかなか手に入らず、並ぶことしでしか努力を示せない人々」と日本でラーメン屋などにできる「行列」とは似て非なるもの、と述べている。確かにそうで、ラーメン屋や回転寿司で行列するなど馬鹿げたことだと私も思う。ラーメンというのは腹が減ったら食べるもので、腹が減っていればたいていうまく感じるし、現代日本で極端にまずいラーメン屋などあるとは思えない。スープの由来について述べ、麺の種類について講釈したってしょうがないことだ。日本の行列は平和で脳天気、中国のそれは権力と民衆の関係をよく示す。星野は日本の行列について「選択肢が増えすぎた結果、選択不能に陥った人たちの、最後の選択」と書いている。「人は『選べない』と感じた時、並ぶことを決意する」とも。そういえば、数学で出てきた行列ってどんなのだったっけ?

きょうは写真がない。彼岸花がそこここに咲き始めた。明日、その写真を撮る予定。

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2008/09/14

湖を見て花虎の尾と富士を見て

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ゆうべはヒヨリとヒナを1日預かって、それも20時半ごろまでいた。もちろんいただけではなくて、あっちこっちひっくり返すわ、転んで泣くわ、おしっこは失敗するわで大騒ぎだった。ヒヨリとヒナのの名誉のために言っておくと、彼女たちがおしっこを失敗することはもはやほとんどなく、きのうがもしかしたら生涯で最後の失敗かも知れない。保育園で、敬老の日の関係からおばあちゃんの絵を描いたそうで持ってきた。先生が「パパのおうちのばあば」(ヒナ作)、と「やまなししのばあば」(ヒヨリ作)と書いてくれてあった。まあ、どっちがどっちだかわかりはしない。「じーじのは?」と聞いたら「ない」と即座に答えた。

きのうは透析だった。今の病院で透析を開始して4年半、初めて月水金の午後以外の日に透析した。まあ、金曜の夜に芝居を見に行くために変更してもらったのだけれど。まあ、病院から芝居のあった総合文化会館までは車で2分くらいで、ほんの川向こうだから透析してからでも行けないわけではなかったが、やはり、コンディションのいい状態で見たかったのである。まあ、別のいい方をすると、透析の二日空きを、土日から木金に変更したと言うことになる。体重増加は驚くべき事に5.1kgで、4.1kgの除水をしてもまだ1.5kg残ってしまった。自分でもあきれ果てた。曜日が違うと当然まわりのベッドの人も違うわけで、少し時間を長く感じた。

帰宅するとヒナは俯せになって眠っており、ヒヨリは折り紙で遊んでいる。彼女は「糊で紙を貼る」という行為に熱中しており、ばーばがハート型に切り抜いた折り紙(千羽鶴用の小さい紙)を延々と連結してレイをを作っている。ヒナは目を覚ましてもぐずることもなく、すぐ元気に遊びだした。ヒヨリは20時頃にだいぶ眠くなっていたが、必死で眠らないように励ましたりしていた。8時半頃、ようやく、待ちに待ったあいちゃんがやってきた。それから、あいちゃんの実家の方へ移動するのだという。車で1時間15分というところだが、先方では心待ちにしていたことだろう。

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夜、NHKBSの『日めくりタイムトラベル』で「昭和44年」の特集をやっていた。「ブルーライトヨコハマ」や「恋の季節」がヒットした年、新宿西口のフォークゲリラが現れ、すぐすぐ官憲(なつかしい言葉!)によって解散させられた年、ピーターがデビューして驚かされた年、アポロが月面に「人類にとっては大きな一歩」をしるした年。何より、私が栃木の片田舎から東京に出た年。友達はなかなかできず、それがほしくてまだその残滓があちこちでくすぶっていた学生運動に首をつっこみ、たばこも覚えた。授業を受けたのはわずかな記憶しかない。小田切進と宗左近の講義というか講演を聴いて、大学はすごいなあと感じた。あとは、大学のあった市ヶ谷や直ぐ近くの神楽坂あたりを徘徊した。佐川満男の「今は幸せかい」はあのころだったと思うが、違っていただろうか。陰鬱な表情を作りながら、学校から飯田橋の駅の方へよく歩きながら口ずさんだ。駅は市ヶ谷の方が近かったが、なぜか飯田橋駅をよく使ったような気がする。私は翌昭和45年の5月に大けがをして身体障害者となったので、事実上の「青春の最後の1年」を何に熱中するわけでもなく、だらだらと、ぶらりぶらりと過ごしてしまったことになる。昭和44年! 素晴らしくもなったはずのその一年をのんべんだらりと過ごしたなれの果てとしての今がある。人生のターニングポイントというべき年というか時期は必ずあるが、それはいつもはっきりと自覚できるものではないと知ったのはずっとあとだった。まあ、悔恨のない人生などない。「悔いのない一生だった」と言うのは、嘘を言っているか、最後のせりふとして用意してあったかのどちらかだろう。私も今のところ、見たい風景を全部見たか、会いたい人にみんな会ったか、読もうとした本を全部読んだかといえばそんなことは全くない。

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湖を見て花虎の尾と富士を見て (nabesan)

上の番組の、ピーターのところで山咲トオルが言った言葉。「母はいつも、美輪明宏さんやピーターさんや、おすぎとピーコさんたちにギャラの1割は振り込みなさい、といいます。あの人たちが道を開いてくれていまのあなたがある。あなたは茨の道を歩いているわけじゃないのよ、と」。確かにそうで、最近、安直に女っぽい男として芸も能もなく騒ぐだけの、薄気味悪いタレントが多すぎる。

きょう(14日)は午後、勘助を動物病院に連れて行った。ゆうべ、左目が半分しか開かず、目やにもでているのに気づいたためである。行ったのは勘助が去勢手術を受けたところではなく、透析室の看護師Iさんがおすすめの病院で、日曜も診察している。メガネをかけた、サトウハチロー風の先生は「結膜炎でしょうな」といいながら、抗生剤と思われる注射を二本して、目薬をくれた。それから、診察台を兼ねたはかりに勘助を乗せたところ、彼の体重は4.00kgであることがわかった。重いわけだ。勘助はトンネルに入るたびに騒いだ。おそらく、黄色い照明か、急に変わる音に反応したのだろう。帰り、餌の試供品をしこたまもらってきた。代金は3550円。

『週刊朝日』9/26号、林真理子の対談にはギャル曽根が登場している。彼女はどうも本当に食べているらしい。「すぐお手洗いに行きたくなりません?」という林の質問には、「そうですね。3時間とか2時間とか」といっている。彼女は腸内のビフィズス菌が異常に多いそうで、50パーセントを超すそうだ。また、調理師免許も持っており、「私、ごはんつくるのもすごく好きなんですよ」と述べている。林によるとギャル曽根は「赤ちゃんみたいに、ふわふわの肌にピンクのほっぺ。そしてキラキラの大きな瞳。大食いの特技がなくても、こんなにかわいかったら、ふつうのタレントさんとしても十分にいけますよ」とのこと。

きょう食べたもの。
朝:いなり寿司2個、マカロニサラダ。
昼:ご飯、マカロニサラダ
夜:日本そば、マカロニサラダ(笑)

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2008/09/12

鬼灯や昭和を抱き生きにけり

朝7時に起床。朝食は菓子パン、紅茶。きれいな秋空が広がっている。7時半頃家を出て「富士川クラフトパーク」へ行こうと思ったが、変更して富士山を見に行ってきた。

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というわけで、久しぶりになるがきょうの富士山。手前は本栖湖。中腹に靄がかかっているが、これは車の排気ガスなど、要するにスモッグだと思われる。水蒸気が空気中の物質に吸着して重くなって天に上れず中空に漂っているのではないかと考えたわけだ。富士山の山梨側からの登山者は今年は27万5000人に及んだと聞いた。この数は、日本の人工透析患者の数と同じ。地元では、入山料を取ろうかという話になっている。なにしろ、登山者のマナーがかなり悪いらしい。相当汚そうなので、私は体が丈夫だったとしても登る気はしない。まあ、遠くから眺めて、姿を愛でる山である。写真右上の汚れは、レンズの傷と思われる。この前、放り投げたからなあ。

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昼食はカップラーメン。午後、もう一度出直してクラフトパークへ歩きに行った。1時間歩いた。帰宅して猫と遊んだ。きょうは写真がないが、勘助もあっちゃんも元気です。それから、ちょっと調べたいこともあって、おとなのおもちゃを売るサイトに行ってみた。いやあ、日本人の創意や工夫や熱意はこんなところに注がれていたのかと思うほど、ありとあらゆることを考慮して制作された商品が並んでいる。断っておくが、今さら購入希望というわけではない。じゃあ、なぜそんなものを、といえば、実は私、しばらく前からもう一つブログをやっていて、そちらでは、官能小説! を書いている。で、その取材というわけだ。もう少し「作品」がたまって読み応えが出たら、URLを公表するが、今はまだ試作品の段階なのでこのブログの読者のみなさんには公表しません。ただ、検索などでひっかかってくる人はいるらしく、こっちのブログより訪問者が多くなってきた。夕食は、いなり寿司、サンドイッチ、けんちん汁、牛乳。

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IMGP5137.JPG夜、町の文化会館で『鬼灯(ほおづき)町鬼灯通り三丁目』を見に行ってきた。昭和21年の引き上げ船が着く町博多、舞台のやや左側に一軒のあばら屋、やや右側に釣瓶井戸。それらを包むようにたくさんのホオヅキが植えられている。季節は夏から秋の頃で、効果音が蝉から虫の鳴き声に変わって行く。登場人物は、奇跡的に満州から帰還してきた男(仮にA、六角精児)、戦前は売春宿を経営していた女(B、秋野暢子)、売春婦だった女(C、川島なお美)、戦死の知らせを受けてすでに葬式もしたAの妻(D、富樫真)の4人である。Dには好きな男があり、Aとは結婚したものの新婚三日目にAが出征してしまったので結婚生活の思い出はなく、あまつさえ葬式も出してしまったからAが戻って困惑する。Dの好きな男はユースケというBの息子である。そういった関係でBとCは居候という形でこの家に住んでいた。Cはユースケの「筆おろし」をしたという関係。Aは「松尾大吉」という名前で、奇跡の生還を果たした男ということで、その髪の毛を売ったりして生計を立て、4人の生活は続く。ユースケの生還を信じて待つBとDの狂気が芝居が進むにつれてだんだん高まってゆく。そして、芝居の終わりの方で、Bはすでに戦死の知らせを受け取っていたことが明かされて、息子や愛する者を亡くしたことを受け入れるまでの話だったことがわかる。あちこちにくすぐりがあって、何度か客席におりてきたりして話の中身の割に笑いが多かった。戦後の早い時期には、肉親の戦死を頑として受け入れず、頑なさを生活する上でのたくましさとして生き抜いた人々も多かっただろう。芝居の結末は、まあ、ハッピーエンドである。川島なお美(C)は、とても魅力的だが、仕草などが上品すぎた。なお、彼女は、「広島国際学院大学現代社会学部客員教授」でもあるそうだ。富樫真の吹き出しあふれる狂気、秋野暢子のぎりぎりまで抑え込んだ狂気もよかった。「平成20年度 文化庁舞台芸術の魅力発見事業」だそうで、補助があったため料金は2000円だった。八分の入り。

鬼灯や昭和を抱き生きにけり (nabesan)

きのう書き忘れたこと。高田渡は出演料はすべてその日の現金払いだったそうだ。NHKでも同様で、あとにも先にもNHKから帰りに出演料を現金で受け取ったのは高田渡だけだそうだ。帰りに飲む都合があったからだ、という説もあるようだ。

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2008/09/11

少年は薄の群に隠れおり

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晴天が続いて、このあたりの田んぼでも稲刈りが始まった。

稲を刈る夜はしらたまの女体にて (平畑静塔)

きょうは4時頃に一度目を覚まして、とりあえず勘助とあっちゃんを見に行った。別々の場所だが「二人」とも寝ていたようだった。女房も起きてきて餌をやった。あっちゃんは食欲旺盛で、自分の子猫用カリカリを食べ終わって、勘助が残した成猫用カリカリにも手を出す。数日前の「ジュルのしっぽ」で、食事を一緒に食べるさせることを、先住猫と新入りの子猫をなじませるための良い方法と書いていたので、それから、勘助とあっちゃんは同じ場所で、同じ時間にご飯を食べている。一緒に物を食べることでお近づきになり易いのは猫も人間も一緒。今や下の写真の通りである。脚がどのような位置関係になっているか、この写真では謎。

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それからまた部屋に戻って、まだ影をなしている向かい側の山の稜線が金色に縁取られて、空の暗い灰色がだんだん明るさを増し青に近づいてゆくさまを見ていた。朝食はハムサンド、紅茶。半袖では寒いような気温の朝である。7時半ごろから「富士川クラフトパーク」へ出掛けた。1時間歩いた。きょうは途中の休憩が少なかったので最後はかなり疲れた。

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9時頃帰宅。ネット友達と雑談。猫と遊ぶ。勘助とあっちゃんはずっと部屋にいて追いかけごっこをしたり取っ組み合いをして遊び疲れると一眠りという時間を過ごしていたようで、そして、その過ごし方には満足なようで、部屋の戸を開けても二人とも脱出しようとはしない。どんどん気温は上がり、私はランニングシャツ一枚になった。朝と日中では10度以上の寒暖差だろう。昼食はチャーハン。午後図書館へ行ってみた。『週刊金曜日』では、この春亡くなったフォーク歌手・高田渡の特集で、佐高信・小室等・井上陽水による鼎談が載っていた。高田は北海道で亡くなったが、飛行機で羽田に着いた遺体を出迎えたのは陽水だったという。小室にとっても陽水にとっても、というか、60年代から歌い始めたフォーク歌手にとって高田渡は特別な存在だった様子。陽水がこうした場所に出てきているのは珍しいと思うのでファン必見。

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帰宅して猫と遊ぶ。『緋文字』を読み出したが文字の細かさに耐えられず放り出す。大活字本など意地でも読まないぞと思っているのだが、現実は厳しい。夕方涼しくなってから少し眠った。終日出掛けていた女房が17時頃帰る。美容院などに行ってきたらしい。夕食は焼きそば。『週刊朝日』9/19号、林真理子の対談連載に草笛光子(1933年生まれ)が出ている。彼女は芥川龍之介の息子、也寸志と結婚していたことがあって、龍之介夫人のことを次のように述べている。

お義母さんとは、ちょっと一緒に暮らしましたが、うまくいってたんですよ。私たちは「おばあちゃん」と言わないで、「ばぶちゃん」と言ったんです。鉄色の地味な着物を着て、細帯締めて、頭の毛はちょっと白いのがまじって、それを後ろでスッと縛っただけ。何の飾り気もないの。口数が多い人じゃないし、こちらが姿勢を正しちゃうな。なにか、場違いなところに嫁に来ちゃったなという感じでしたね。

別にどうということはないが、そうか、龍之介の奥さんはずっと生き続けていたのだなと、妙に感銘というか感心してしまった。

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少年は薄の群(むら)に隠れおり (nabesan)

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2008/09/10

鶏頭や赤の力を示しけり

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鶏頭の十四五本もありぬべし (正岡子規)

さて、この句が傑作なのか駄作なのかの論争があった。世に言う「鶏頭論争」。この句を最初に高く評価したのは俳句の人ではなく、アララギの歌人、長塚節とか斎藤茂吉であった。「写生の極致」というわけである。私もいい句だと思う。この句を作った頃、子規はすでに病いよいよ重く、動くこともままならなかった。病床から、開けられた障子と縁側越しに鶏頭の赤を見ているのである。そうした中での、静かな視線、静かな言葉は胸を打つ強さを持っている。もっとも、この写真は羽毛鶏頭と呼ばれるもので子規が見た鶏頭はこれではないだろう。

鶏頭や赤の力を示しけり (nabesan)

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きょうは8時近くまで眠ってしまった。朝食はご飯、野菜炒め、納豆。9時、おじいさんをデイサービスに送り、「富士川クラフトパーク」へ出掛けた。45分歩いた。爽やかな秋晴れで、期待したほど汗は出なかった。帰宅して、猫と少し遊んだ。

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ご覧の通り、「二人」の距離はうんと縮まり、あっちゃんは勘助についてあるいたり、周りをウロウロしたりしていた。勘助はあっちゃんがベタベタしてきても嫌な様子は見せないで、あちこち舐めてやって、「さ、あっちで遊んできなさい」という顔をする。あっちゃんの子守は勘助に委せておいても大丈夫なようだし、勘助の相手はあっちゃんに委せておいて大丈夫だろう。猫は猫である。

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この白い四角い物は室内飼いの小型犬用の家で、屋根が取れてしまった。これは昼の11時半頃撮ったもので、私が行ったので目を開けているがそうっと覗いたときには二人とも眠っていた。女房によると、私が透析に行っている間、二人一緒にこのハウスに入り、顔だけ出していた時があって可愛かったそうだ。仲良し兄妹になってきた。

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昼食は食パン1枚。ジャム、マーガリン、アイスココア。食パンは2枚焼いたのだが、トースターに入れたまま、食べるのを忘れてしまった。こういうことが起きる頻度が多くなった。午後から透析。本日の体重増加は3.3kgで、純増は2.8kgだった。ちょっと多すぎた。どうにかドライウェイトには戻した。穿刺はF先生で2本だった。透析中は、合計で1時間半くらい眠った。あとはテレビを見るともなしに見ていた。美奈さんも恵子さんも両方休みだった。終了1時間前あたりから5分に1回あくびが出た。鈴木君に話したら、「なぜあくびが出るか、ちゃんとはわかってないそうです」という。あくびについてきちんと説明できたら、ノーベル賞はどうか分からないが、「あくび学者」として生計は立つかも知れないとのこと。

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19時帰宅。夕食は、ご飯、キムチ、野菜炒め、ウィンナソーセージ。少し疲労感があったので、食休みと思ってベッドに横になったら21時30分頃まで眠ってしまった。寝るには一番いい気温である。

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2008/09/09

萩を見るときわれは旅人ぞ

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萩を見るときわれは旅人ぞ (nabesan)

きょうは5時に起きた。まだ日は向かい側の山の背後で、影をなしている山の稜線が淡い朱に染まっている。ベッドに寝ころんで、また眠くならないかなと思ったが、結局起きていて6時過ぎ朝食。ご飯、キムチ、ハンバーグ、牛乳。7時半頃から「富士川クラフトパーク」へ歩きに行く。40分歩いた。まだ朝早いので、歩いても汗は出ず、爽やかだった。どこにも、雲が見えない。ただ、写真は撮れなかった。カメラにSDカードを入れていなかった。写真は午後もう一度歩きに行ったときの萩。萩というと「一家(ひとつや)に遊女も寝たり萩と月(芭蕉)」。この句は富山県の市振で今の暦なら8月25日ごろに作られた。萩が咲くにはちょいと早いかなという時期なので、萩と月というのは二人の遊女の名前ではないかともいわれる。懐かしい名前だが、歳時記をみたら「風立つや風にうなづく萩その他(楠本憲吉)」という句があった。さらに連想すると、堀辰雄の「風立ちぬ」は、バレリーの「風立ちぬ、いざ生きめやも」という詩句から来ている。私はエセ文学少年だったので、堀辰雄のまねをして、ノートをノオトと書いたりした。

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帰りガソリンスタンドに寄る。9時半頃帰宅して、ネット友達と雑談。昼食はカップ焼きそば。本当は塩分は控えたいところである。私は高血圧であるし、塩分を摂ると喉が渇くので飲水も多くなる。解ってはいるんだけどなあ。きょう教育テレビの「きょうの健康」で高血圧のことをやっていて、やはり塩分と煙草は敵だと言っていた。

午後、猫たちが静かにしていたのでもう一度クラフトパークへ歩きに行き、帰り図書館へ寄った。「緋文字」を借りてきた。この前、週刊誌で荒川洋治がぜひ読めと書いていた。昔の世界文学全集の一つなので文字が小さくて読むのが大変。猫と遊ぶ。兄妹はずいぶん慣れてきて、あっちゃんは勘助のあとをトコトコついて歩くことが多くなった。

17時、ヒヨリとヒナを迎えに行く。夕食はチャーハン。きょうはヒヨリとヒナも猫も写真を撮らなかった。やや疲れ気味。歩きすぎかな。

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2008/09/08

風は今西北からよ猫じゃらし

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きょうは8時近くまで寝ていた。眠るのを薬に頼るとどうも早起きできない。晴れているが、空の周縁には雲が多い。朝食はメロンパン、牛乳。8時半頃から久しぶりに「富士川クラフトパーク」へ歩きに行ってきた。ただ、膝に疲労感があって、これは歩くのを止めていたからだなと思って、きょうは無理しないで30分ほどでやめた。歩いていたのは正味20分。公園の中心施設「富士川ふるさと工芸館」の職員はみんなして、煉瓦を敷きつめたようになっている歩道の、煉瓦と煉瓦の間から生えている草を取っていた。確かに、どんなお店でも入り口に雑草が生えていたらまずいだろう。公園全体の管理は3社が請け負っているが、敷石や舗装の継ぎ目に出た雑草の処理は「契約に入っていない」そうで、職員が行う。まあ、これくらいはしてもいいけど。

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帰宅後、あっちゃんをケージから出して、勘助の部屋に連れて行った。勘助は別に怒るわけでもなく、あちゃんとじゃれ合っていた。毎日毎日この兄妹は近づいており、二人でくっついて眠るのも近いかも知れない。2時間ほどそうしていたが、その間あっちゃんはほとんど動き続けていて、お昼を食べるためにケージに入れたらコテンと眠ってしまった。勘助の方は時々寝そべって、あっちゃんが自分の尻尾で遊ぶのに委せていた。お兄ちゃんの余裕である。昼食は、ごはんだったが、おかずがなんだったか忘れた。本当に思い出せない。

午後から透析。体重増加は3.7kgで、案外少なかった。汗が出たためだろう。500g残した。透析の時は体重増加分の他に、生理食塩水など、透析時に体内に入る水分も差し引く。私の場合、生理食塩水の分200gにグリセオールという薬の分300g、合計500gが3.7kgに加算されるので、ドライウェイトまで除水すると4.2kgということになる。これはちょっと大変なので、500g少なく除水し、その分は次回の透析で清算する。だから次回の除水は、体重増加分+500+500gということになる。体重増加を2.5kgくらいまでにしないとちょっと厳しい。穿刺はF先生で2本で済んだ。きょうは美奈さんが休みだったので、恵子さんが血液検査のカリウムの数値を知らせに来た。「6.2でした」。6.0を超えると検査室から電話が来る。私は電話の常連。それから看護師のWさんによると、製薬会社の人がこのブログを読んでくれたそうで、「恵子さんってどの人ですか?」と聞かれたそうだ。ご愛読ありがとうございます。恵子さんは美人で性格もスタイルもいいですが、既婚です。

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写真は、猫じゃらし(狗尾草<えのころくさ・歳時記では、ゑのころくさ>)で遊ぶあっちゃんを穏やかに見守る勘助。貫禄十分。

風は今西北からよ猫じゃらし (nabesan)

19時10分帰宅。すぐ、あちゃんが「みゅーん、みゅーん」というような声で鳴く。そうは言ってもすぐ出してはやれず夕食を先にした。ご飯、ハンバーグなど。それからあっちゃんをケージから出して勘助の部屋へ連れて行った。時々あっちゃんを押さえ込むようなことはするがおおむね仲良く遊んでいるようだった。時々窓からすうっと涼しいというより冷たいような風が入ってくる。あわてて窓を閉めたが、それでも虫たちの鳴き声はますます盛んになるばかり。遊び疲れて眠っていたあっちゃんが目を覚ました様子。

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2008/09/07

久々の県庁所在地秋暑し

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(きょう16時ごろのあっちゃん)

きょうは7時頃起床。ゆうべ寝付かれなかったばかりでなく、寝付いてもすぐ目が覚める。ままよ、寝られないなら起きてろとばかり、早朝3時半からのサッカーW杯アジア予選を見始めた、はずなのだが、アナウンサーの声が大きくなるときだけ目が覚めて、日本の得点が入ったところはわかったが、あとは眠っていたと思う。3点目が入ってやれやれ、3点差で勝つのは大きいなと思ってそのまま眠り、次に起きたときは中村俊介がインタビューを受けていた。7時頃はっきり目が覚めて、ネットで見たら、3-2だったのでびっくり。大丈夫か、我らが代表チーム。起きだしてシャワーを浴びる。朝食は水ようかん、麦茶。あまり食べたくなかったのだが、薬を飲む都合があるので冷蔵庫にあったものを食べた。

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勘助兄ちゃんはずいぶんあっちゃんに慣れてきて、あっちゃんも勘助に慣れてきて、勘助の後をちょこちょこついて歩く姿も見られた。じゃれあっていることもあり、勘助は丹念にあっちゃんをなめ回していた。あっちゃんはじゃれるとき、勘助の、雌猫ならおっぱいがあるあたりに何度も顔を持って行く。おそらく一度も母親の乳を飲んだことはないだろうに、哀切な本能ではある。あっちゃんはケージから出すとずっと動き続けている。勘助は途中でへばって横たわり、あっちゃんの方が勘助の尻尾で遊んだりする。きのうは邪険に追っ払うようなことがあった勘助も、きょうはあっちゃんのするがままにさせていた。この写真の黒いカバンは私が透析に持っていくもの。タオルとかパジャマとかを入れていく。

8時頃家をでて甲府へ。腎臓病協議会の役員会。会議に出るのは久しぶりで、当然他の役員と会うのも久しぶりだった。いろいろな経過報告のあと、山梨県で一番大きな病院の院長先生の話を聞いた。今の院長が山梨県透析医会の会長なのである。透析に関する統計データの説明など。先生の資料によると、どれくらいの血圧が望ましいかというと、これが3種類ある。140/90(正常上限)、120/75(至適血圧)、130/85(目標血圧)、なぜ3つもあるかというと、「まあ、今までこれくらいと言ってきましたからね、いまさらひっくり返せないんです」とのこと。120くらいが至適だとするとかなり低い。私は透析室のベッドに上がった直後は200近くある。対策としては、塩分を1日6gにし、薬をちゃんと飲むということ。それから認知症の予防策としては、その1は、歩くこと(歩くことで脳を刺激する)。そうそう、私も公園を歩いていて、どのコースを取るか、天候はどうか、この階段は上れるかなど、ずっと「判断」を繰り返している。先生のお話の中で、良い方で私が適合したのはこの部分だけ。認知症予防のその2は、意欲を持つこと(認知症の本態は意欲の低下である)。人生を投げちゃいけないのである。私は毎日、「投げそう」と「ちょっと意欲的」の間を振幅している。

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お昼を食べて散会。14時帰宅。ヒヨリとヒナが来ていた。少し疲れ気味だったので部屋で休んでから、あっちゃんを外に出して遊んだ。ヒヨリとヒナもあっちゃんなら小さいので怖がらない。ヒヨリとヒナはやっと三つ編みが出来る髪になった。きのうの運動会からそうしていて、「ママがしてくれたの」と得意そうだった。喉が渇き、飲み物をたくさん摂ってしまった。明日の透析前の計量が怖い。夕食は焼きそば。

久々の県庁所在地秋暑し (nabesan)

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2008/09/06

運動会午後には風も吹きにけり

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運動会午後には風も吹きにけり (nabesan)

夏の雲と秋の雲が同居しているような空のもと、保育園の運動会があって行ってきた。ソ連の国旗があるのはご愛敬。去年は先生にしがみついて離れなかったヒヨリとヒナは、さすがに今年はそういうことはなく、かけっこもちゃんと走れたし、「アンパンマンマーチ」もまあまあできた。ただ、3種目目の全園児による「日本太鼓」ではただ立っているだけで何もしなかった。疲れたのだろう。以下、運動会のスナップを少々。歩き回るのが面倒なので、定点撮影となった。

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上左、運動会といえば玉入れ、上右、出番を待つヒヨリとヒナ。こちらを向いているのがヒナ(ではないかと思う)。下左、赤組さん。下右、お弁当。大きな声では言えないが、若いお母さんや保育士さんが多くてそちらも見ていて楽しかった。印象に残ったこと。年長さんの演技で、他の子はさすがは年長でちゃんと踊っているのに一人だけ立ちつくして顔を覆い泣いている男の子がいた。どうやってもだめで、結局演技の途中でリタイアして隊列を離れ、涙ぐむお母さんに抱かれていた。どうしたのだろうか。将来、きょうのことが笑い話になればいいけれど。

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きょうは6時半頃起床。4時頃からあっちゃんが鳴いていたそうで、女房と勘助が遊び相手になっていたそうだ。私が起きて行った頃にはもうあっちゃんはケージに入って静かにしており、勘助も自分の部屋に閉じこめられていた。朝食はいなり寿司、鶏の唐揚げなど、運動会へ持って行く弁当のつまみ食いみたいな感じ。食後、あっちゃんと遊ぶ。勘助も出てきて、兄妹は追いかけっこを始めた。勘助はあっちゃんを押さえ込むようなことはするが、ダメージを与えるようなことはしていないようで、それが証拠に、少し離れるとあっちゃんの方から勘助に寄っていって押さえ込まれたりしている。たとえば、一緒にくっついて昼寝している状態を兄妹の距離0とすると、今はまだ0.75mと行ったところである。だんだんに近づいてゆくことだろう。

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8時頃に家を出て運動会へ行った。見ていただけだが、暑かったし少し疲れた。14時30分帰宅。すぐにあっちゃんをケージから出し、勘助も部屋から出した。追いかけごっこを始めたが、今度はあっちゃんが勘助を追いかけることが多かった。勘助はややばて気味になり、横になったりしていたが、あっちゃんはずっと動き続けていて、寝ている勘助の尻尾にじゃれついたりしていた。勘助は先住猫の貫禄で「ミャオン」と一声鳴いて追い払っている。

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「お前ばっかりいいなあ」とでも言っているのだろうか。このあと、二人して一緒に同じ皿で食べていたそうだが、あっちゃんには病気がないということなので大丈夫だろう。夕食も朝と同じ。つまり三食同じ。

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天気予報は曇り時々雨だった。午後になって雲が多くなり、風が出てきた。なんだか南極の航空写真みたいに見えたので。

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2008/09/05

鈴虫や遊び疲れの子の寝息

きょうは9時頃まで寝ていました。ゆうべ、下痢状態のこともあって、なかなか寝付けなくて夜中の1時近くに眠り薬のロヒプノールとレンドルミンを両方一緒に飲んだために目覚めが悪くなったのでしょう。両方ともあまり強くはない薬で一緒に飲んでもいいですよ、と恵子さんが前に言っていました。片方は入眠しやすくし、片方は睡眠状態を持続させるようです。私は脊椎損傷があり、下痢は避けたいところだったので、去年の手術の時少し使った紙パンツを使って寝ました。幸い、朝目覚めた時には大した異常はありませんでした。空は晴れていましたが雲が多く、わずかに風もあるようでした。朝はおかゆ。

9時15分頃、あっちゃんが家に帰ってきました。もう大丈夫、どこへもやらない。重さをほとんど感じないあっちゃんを抱きながらそう思いました。すぐに、缶詰と少しふやかしたカリカリを置いたら缶詰の方をぴちゃぴちゃ小さな音を立てて食べていました。ケージに入れてから勘助を連れてきたら、すぐケージに寄ってあっちゃんを見つめていましたが、あっちゃんはこれがなかなかのお転婆で、ケージの柵の間からいっぱいに小さな手(前足)を伸ばして、勘助にちょっかいを出したりしていました。しばらく勘助を外に置いたあと、いよいよあっちゃんを外に出してみました。するとすぐ、勘助は匂いをかぎながらあっちゃんのからだを一周していましたが、すぐ追いかけごっこが始まりました。勘助が追いかけあっちゃんが逃げるという展開ばかりではなく、逆にあっちゃんが勘助を追うというシーンもありました。クラフトパークの事務局の方のお宅には先住猫がいるそうですから、あっちゃんは大きな猫には慣れているのかも知れません。彼女は意外と成長していて、7月20日が誕生日だったそうです。おそらく、保護した方が1ヶ月ほど育てて、もう大丈夫となってから飼い主募集の掲示をされたのでしょう。

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(遊び疲れて眠るあっちゃん。手前のボールは野球ボールくらい)

昼食はアップルパイ。午後から透析。体重増加は2.1kg。ドライウェイト(基準体重)は前回からさらに200g下がって、56.8kgになりました。身長が173cmあるので、マラソン選手みたいな、痩せた体型と想像して下さい。穿刺は新しく私の担当看護師となった美奈さんで、1本失敗。「下痢はするし、踏んだり蹴ったり刺されたりだね」。透析中は、テレビを見たり眠ったりして過ごした。念のため紙パンツを持って行ったが、幸い昨夜から飲んでいた正露丸のおかげか、下痢症状は出なかった。透析中にトイレに行きたくなったらどうするかというと、一時ストップができるのです。機械と繋がっているチューブを外してもらって、針は留置したままトイレに行きます。もちろん、小用なら尿器を使いますが、それをするのは一人か二人です。私を含めだいたいの人が閉尿していますから。

19時帰宅。勘助とあっちゃんは追いかけごっこをしていました。きょうの午後、勘助の部屋へあっちゃんを連れて行ったら気に入ったみたいだよ、と女房が言っていました。食事をする間と思ってあっちゃんはケージに入ってもらいましたが、二三度鳴いただけで、小さな体をまるめて寝ていました。相当疲れた様子。夕食はおかゆ、うなぎ、ほうれんそうの卵炒め。家の周りの草むらでは虫の声がかまびすしい。鈴虫。

鈴虫や遊び疲れの子の寝息 (nabesan)

明日は保育園の運動会。今年はうまくやってくれるかな。

 

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2008/09/04

物投げて悲しきかなや秋日暮れ

きょうは朝から曇り。ゆうべで、ハンストは終了しました。空腹に耐えられなくなったというより、怒りが静まってきたし、透析へ行ったら、当たり前のことだけど体重が増えていないで、なんと、前回の透析終了時と同じだったので騒ぎになってみんなに心配されたことなどがあって、夕べの22時頃になってようやく食べたようなわけです。空腹は2食抜いた当たりでピークに達し、あとは平気です。でも、だんだん階段を登るのが大変になったり、10分起きあがっていて、5分ごろごろ寝るという生活になります。私は「死」へ匍匐前進みたいに少しずつ近づいているのだと思ったり、人生がマラソンならおれは今ラストの100mくらいのところにいる、などと考えていました。

で、まあ、急に食事を解禁したのと、食べない間水を飲んでいたので昨日の夜あたりから下痢でなさけないことになりました。正露丸を飲んだりしています。食べ始めたことで、女房との会話も少しずつ戻ってきました。婿養子を34年もやっているとものすごくストレスがたまるものだということは、女房にはわかってもらいたいところですが、まあ、無理なようです。こんなことを書くと女性はお嫁に行くとお考えでしょうが、それとこれでは様子が全然違います。女性と男性では環境への適応能力が違いますし、女性がお嫁に行った先では周りにいる同性もだいたいお嫁に来た人ですが、婿養子の場合は違います。たとえば、何かの集まりがあって無駄話があると、必ず子ども時代のことに話が行くのですが、私はたいていかやの外になります。彼らと共通する思い出を持たない私はとうとうこの地域にとけ込めませんでした。そうしたことの積み重ねからくるストレスは大腸にがんができるほど大変です。

順調なら、明日あっちゃんが戻るでしょうから、このブログも平常営業にしたいものです。ただ、私は怒り狂うと物を投げる習性があり、それでも大切な物は投げないのですが、今回の怒りかたは半端でなかったので、一眼レフカメラも投げてしまいました。壊れているかどうか、怖くてまだ調べていません。とりあえずコンパクトカメラがありますからそれで撮影できますが、写真の調子は変わると思います。コメントを下さった方々、返信せず申し訳ありません。ありがたく読ませていただきました。

物投げて悲しきかなや秋日暮れ (nabesan)

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2008/09/03

あっちゃんがいなくなってその後

たった1日でもうちの猫だったあっちゃんが拉致同然に連れ去れれて2日。その後女房の説明は変わって、義姉の家で飼うからということで連れて行ったそうです。ところが義姉の家のおじいさんが反対したため飼うことが出来ず、なぜかクラフトパークへ返してしまったというのが一連の動きの真相のようです。飼えないのならうちへ戻すというのが当たり前だと思うのに、なぜそんなことをしたか義姉の心中は測りかねます。妊娠中の亜衣ちゃんの「猫アレルギー」がどうのこうの言っていたそうですが、うちにはすでに勘助がいて、しかも、その勘助も拾ってきたのはあいちゃんたち若夫婦なのですから、いまさら問題になるとは思えません。結局義姉の本心としては、大した収入も蓄えもないのに2頭も猫を飼うなんて、ということなのでしょう。でも、それは大きなお世話というべきでしょう。私たちは確かに勘助のためにお金を使い、その分自分たちのための支出を抑えてきました。でも、お金に換算できないものを勘助から受け取っていました。それは蘇った夫婦の会話であり、仕草がもたらしてくれる笑いであり、一つの生命を自分たちが守っているという喜びでありました。私たちは、金額の多寡でものごとの価値を測ってはなりません(というような意見をいうのはたいてい貧乏人)。でも、まあ、義姉がいつまでも、実家を自分の家と思っているのは困ったものです。

私の怒り、落胆はまだ続いています。そのため、結局、あっちゃんは金曜日にうちに戻ることになりました。あっちゃんを預かっているクラフトパークの事務所の方が夏休みに入ってしまっているからです。あっちゃんは可愛いけれど、一連の動きというか騒動がもたらした、女房や義姉への不信感を払拭するには相当の時間がかかるでしょう。いまのところ、誰とも話す気もしないし、いつもの調子でブログを書く気にもなれません。ハンガーストライキはおとといの夕食からまだ続いており、エネルギー源は缶コーヒー1本だけです。

こうしたこと、つまり、私には内緒で計画し実行して事後承諾せざるを得ない状況をつくることはこれまでも何度かあり、そのたびに怒っていたのですが、今度はそれらによって蓄積された私の中のマグマが一気に吹き出したような感じです。私は食べず話さず、透析も拒否しようかとさえ思っています。透析を拒否し続ければ1週間か10日で私は死にます。それくらい、私への衝撃は大きい。

というわけで、近況ということで。連絡をとらないネット友達の方、申し訳ありません。今は全然だめです。

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2008/09/01

あっちゃんがいなくなった

透析から帰ったらもうあっちゃんはいなかった。義姉が連れて行ったという。それも、自分で飼うならともかく、知り合いに「やる」のだという。私は怒り狂った。どこのだれだかわからない家に渡すなどあまりにひどい。私が透析に行っている時間を見計らって、当然私に何の相談もなくそうしたのである。私はきのう、あっちゃんを私の家族として、勘助の妹として受け入れたのに。私は食事を拒否した。無駄には走るまいと気をつけていた車で1時間ほど無駄走りをしてきた。それでも怒りは収まらない。今は、あっちゃんが新しい家族に迎えられて、幸福に育つように祈るばかりである。

けさはあっちゃんをケージから出して、勘助を近づけてみた。二人はすぐ追いかけっこを始めた。小さな体で勘助を追いかける、逆に勘助があっちゃんを追いかけてじゃれつくが、決して爪を立てたり噛んだりはしなかった。しばらくの間そうしていて、あっちゃんは疲れた様子で私の膝の上によじ登ってきてそのまま小さな寝息を立て始めた。勘助も、1メートルほど離れたところで寝そべってあっちゃんを見ていた。結局私があっちゃんを見たのは、透析に行く前、ケージの中で寝ている姿が最後になった。私の膝で寝ているあっちゃんは女房も見ていたはずなのに、よくそんな残酷なことができるものだ。私は妻も義姉も信用しないことにした。

この日の衝撃は尾を引きそうだ。私は水以外は口に入れないハンガーストライキに入るつもりでいる。

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