背負われて秋遠足を楽しめり
きょうは6時に起床。睡眠時間は6時間と少しだが熟睡できた。掛け布団と毛布をかぶり、パジャマの上にジャージを着て「防寒対策」を取ったのが功を奏した。外はきょうも重たい曇り空。向かい側の山の折り重なる山襞からは雲が湧きあがっている。朝食は食パン、マーガリン、紅茶。7時半頃から「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。雨は降りそうで降らない。1時間くらい歩いて戻ってきたら、駐車場周辺には人がいっぱい。クラフトパークの中心施設「富士川ふるさと工芸館」前の広場で町長選挙の出陣式があるのだ。大型トラックの荷台を舞台にしつらえて、緑色(蛍光色)のジャンパーを着た人たちがあわただしく準備している。今回の町長選挙には二人が立候補しており、いわゆる一騎打ちとなった。両候補とも、人格・識見ともに秀でて、生き生きした町を作るための政策もその実行力も抜群であるから、町民はどっちに投票したらいいか迷うに違いない。見た目で300人ほどの人が集まって「どうぞみなさま、前の方へお越しください」と促されて、それまで舞台からできるだけ離れたところにいた人々が面倒くさそうにのろのろ移動して、出陣式開幕。今のこの町(山梨県身延町)は4年前に三つの町(旧身延町、旧中富町、旧下部町)が合併して出来上がっている。今までは、旧身延町の町長がそのままスライドするような形で合併後の新身延町の町長を務めていた。今回の候補者は、旧中富町と旧下部町から出ており、出陣式をしていたのは旧中富町の町長を務めた人。延々とあいさつが続く。選対女性部長というおばさんは「いまの身延町は活気がなく、良い町ではないが、この人が町長になればよくなる」と失言して、舞台上の数人が緊張した顔をした。それというのも、町名をそのまま引き継いだことでもわかるように身延町の人口の半分は旧身延町が占めており、そこの票が勝敗を分ける。旧身延町出身の現町長への批判と取られる発言は陣営のタブーなのである。あわてて、次の人が「現町長のすばらしい業績を・・・」とフォローした。私は旧身延町に住んでいるが、今の町長にどのような功績があったのかはよく知らない。ところで集まっている人のほとんどが高齢者である。特におばあさんが多い。彼女らは座れるところならどこでも座り、あいさつも三人目くらいからはおしゃべりに余念がない。ところどころに若い人が見えるのは土建屋の現場監督たち。何人か知り合いがいて、少し立ち話をした。結局、出陣式は最後までおつきあいした。それというのも人が多くて駐車場から車が出せなかったからである。たぶんこの候補が勝つだろうと私は思っている。もう一人は旧下部町の人で、身延地区の人はいろいろな事情で下部地区にいい印象を持っていないからである。
出陣式のさなか、甲府の小学生が遠足に来た。60人ほどの子どもが列を作ってぞろぞろ歩いて行き、それから大きく遅れて松葉杖をついた女の子が歩いてきた。その子は懸命に歩いていたが、道が登りにかかるあたりで、ついに先生に背負われた。なかなか頼もしい先生である。
背負われて秋遠足を楽しめり (nabesan)
単に「遠足」だと春の季語。この子にとっては忘れられない遠足になるのだろうな。多くの子どもに忘れられない思い出を残した先生が「いい先生」なのかもしれないと考えたりした。
帰宅したら10時30分。ネット友達と雑談。昼食はご飯、きのうの夕食の残り、焼き海苔。私は焼き海苔をご飯の上に乗せて、醤油をひと垂らししてからくるりとご飯を巻いて食べるのが好きである。海苔をすべり落ちた醤油がしみたご飯も。午後、2時間近く眠った。その後『週刊朝日』10/10号を読む。今週の「パパはなんだかわからない」を書いてみます。「パパ」の家ではマリリンという、ひどく不細工な顔の犬を飼っている。(1コマ目)公園らしいところをご機嫌で飛び回るマリリン(リードをつけていないのはマナー違反)。(2コマ目)マリリンと同等に不細工な犬と出会う。(3コマ目)バフバフいうマリリンにパパが「どうした?」という。(4コマ目)マリリンが出会った不細工な犬は前からの知り合いで名前は「パグ」。(5コマ目)マリリン、パグの顔を前足で撫でる。(6コマ目)パグの顔の不細工加減にぷ~と吹き出すマリリン。(7コマ目)パパは「そうか、うかつだった・・・マリリン」とつぶやく。(8コマ目)パパ「お前自分の顔をすごくかっこいいと思っているんだろう、一度も鏡を見せたことないから」という落ち。それから今号の週刊朝日で知ったことの一つ。両親→祖父母→曾祖父母の次は「高祖父母」らしい。つまり5代前で、麻生太郎の高祖父は大久保利通だそうだ。
夕食はコンビニ弁当(幕の内)、ヨーグルト。教育テレビ「ハートをつなごう」では「ゲイ・レズビアン」を取り上げている。「ホモ」は差別語だそうである。私はゲイではないなあ、そういう成分もないので、本当にそういう人がいるんだなあと思いながら興味深く見ている。ゲイの人とレズビアンの人が各2人出ていた。人は多様で実は性も多様である。
それから、週刊朝日の今号には「君を亡くしてしてからのこと」という特集(3回目)。ロザンナ、加藤登紀子など8人を取材した記事。伊藤篤夫(ノンフィクション作家・妻と死別後11年、3年前に再婚)は次のように述べている。「長い間、死んだ妻と自分は別の世界にいて、二人の間には境界線があると思いこんでいたんです。でも、いつでも妻は自分のそばにいる。そう思えるようになったら、その垣根がすうっとなくなったんです」。ロザンナの話は壮絶だが、引用するには全文書かなければならないからやめておく。立ち読みでもできたらご一読を(もちろんお買い求めになるに越したことはない)。
21時ごろの勘助とあっちゃん。勘助が前、あっちゃんが後ろなのは勘助の視線の先に部屋の出入り口があるからだろうと思う。ゲージの中で寝ているときも、いつも入り口から見て勘助が前、あっちゃんが後ろである。時々あっちゃんが勘助を挑発してどたばたするが基本的に仲良し兄妹である。あっちゃんの目の上に、眉毛状の模様があるのがわかるだろうか。優しい目とともに彼女のチャームポイントである。(性格はあまり優しくなく、かなりのお転婆)。


午後から透析。病院までの途中雲が切れて強い日が差してきた。本日の体重増加は4.5kg。1kg残した。穿刺はF先生で痛かったが2本で済んだ。看護師のIさんが来て、彼女の家で5頭飼っている猫のうち1頭が具合が悪いそうだ。室内飼いではないようだから、ノラと接触してウィルスをもらってきたのではないかと言っていた。美奈さんも来て、金縛りの話をする。彼女も時々襲われるそうで、話の様子(つまり金縛りになるタイミングとか「症状」とか)が私と同じだった。仲間が増えた。恵子さんは休み。夕食もおはぎ、けんちん汁。けんちん汁と豚汁とはどこらへんが違うのだろう。

17時頃、息子から電話があってヒヨリとヒナを保育園に迎えに行った。向かって左がヒナ、右がヒヨリ。二人はキティちゃんのビデオを見ている。キティちゃんは双子なので親しみがあるらしい。キティちゃんは双子のお姉ちゃんで妹はミミーである。ちなみに、キティちゃんを生んだサンリオはもともと山梨が発祥で、山梨シルクセンターという会社だった。サンリオの「サンリ」は「山梨」である。社長の辻信太郎は山梨県の職員だったという。小さい写真は、この前あいちゃんの実家へ行ったとき、あいちゃんの妹で、二人とも大好きなえりちゃんに買ってもらった髪飾り。アンパンマンとメロンパンナちゃん。きょうはだいたい、休養専一の日だった。


夜、町の文化会館で『鬼灯(ほおづき)町鬼灯通り三丁目』を見に行ってきた。昭和21年の引き上げ船が着く町博多、舞台のやや左側に一軒のあばら屋、やや右側に釣瓶井戸。それらを包むようにたくさんのホオヅキが植えられている。季節は夏から秋の頃で、効果音が蝉から虫の鳴き声に変わって行く。登場人物は、奇跡的に満州から帰還してきた男(仮にA、六角精児)、戦前は売春宿を経営していた女(B、秋野暢子)、売春婦だった女(C、川島なお美)、戦死の知らせを受けてすでに葬式もしたAの妻(D、富樫真)の4人である。Dには好きな男があり、Aとは結婚したものの新婚三日目にAが出征してしまったので結婚生活の思い出はなく、あまつさえ葬式も出してしまったからAが戻って困惑する。Dの好きな男はユースケというBの息子である。そういった関係でBとCは居候という形でこの家に住んでいた。Cはユースケの「筆おろし」をしたという関係。Aは「松尾大吉」という名前で、奇跡の生還を果たした男ということで、その髪の毛を売ったりして生計を立て、4人の生活は続く。ユースケの生還を信じて待つBとDの狂気が芝居が進むにつれてだんだん高まってゆく。そして、芝居の終わりの方で、Bはすでに戦死の知らせを受け取っていたことが明かされて、息子や愛する者を亡くしたことを受け入れるまでの話だったことがわかる。あちこちにくすぐりがあって、何度か客席におりてきたりして話の中身の割に笑いが多かった。戦後の早い時期には、肉親の戦死を頑として受け入れず、頑なさを生活する上でのたくましさとして生き抜いた人々も多かっただろう。芝居の結末は、まあ、ハッピーエンドである。川島なお美(C)は、とても魅力的だが、仕草などが上品すぎた。なお、彼女は、「広島国際学院大学現代社会学部客員教授」でもあるそうだ。富樫真の吹き出しあふれる狂気、秋野暢子のぎりぎりまで抑え込んだ狂気もよかった。「平成20年度 文化庁舞台芸術の魅力発見事業」だそうで、補助があったため料金は2000円だった。八分の入り。



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