ふるさとも風吹くらんか返り花

ゆうべは22時にはもう眠っていて順調だったのだが、2時頃に勘助は私の体の上をのっしのっしと歩くし、 あっちゃんは例によって顔のすぐ横に飛び降りて来るしで目が覚めてしまった。結局4時近くまで起きていた。 いつもなら9時近くまで寝ているのだが、きょうは右足の太ももの裏側に痛みがでて起きだした。朝食はフランスパンのようなもの(ヤマザキの 「パリジェンヌ」というパン)、牛乳。痛み止め(ロキソニン)を飲み、午前中は寝ころんでテレビを見ていた。 ワールドシリーズはフィリーズが勝った。そのあと庄司沙也香のバイオリン。シューマンのロマンスなど。 水泳の背泳ぎとバイオリンは女子に限る。庄司はパガニーニコンクールで優勝した人で、諏訪内晶子 (こっちはチャイコフスキーコンクールだったか)の妹分くらいになるのだろうか。 庄司は日本音楽財団というところから貸与されたストラディヴァリウス(1715年製)を使っているという。 私など世界的な名画の前に立ったときと同じで、 テレビ画面のストラディヴァリウスに重なって何億円かの札束が見えてきてしまうからまったく度し難い。 曲名はわからないが最初の曲はピチカートが多く、「おい、沙也香ちゃん、もっとそっとやれ」などと考えていた。昼食はご飯、ハンバーグ。

14時頃、足の痛みが引いたので「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。上の写真はハナミズキの実。最初、 足の様子を見ながら平らなところを歩き、大丈夫そうなので迷路に入ってみた。ここは傾斜しているが階段が3~4段ずつなので歩くのは楽だし、 何回か間違えて行き止まりになるから歩く時間も稼げる。風が出て寒くなった。私は、下着、長袖シャツ、薄いセーター、 秋用のジャンパーという、今の季節としては重装備。以前、 あっちゃんのきょうだいと思われる猫と出会ったところも歩いたがきょうはいなかった。あの時その猫が逃げ込んだ藪も刈り払われていた。

写真は、返り咲きの桜。返り咲きする条件としては葉が早く散るということがあると思われる。従って、初夏、 葉桜になったら桜の木の葉を全部むしってしまえば、秋にまた花を楽しめるかもしれないが、ちょっと残酷か。
ふるさとも風吹くらんか返り花 (nabesan)
私は俳句も短歌もいわゆる「歴史的仮名遣い」を使わないようにしている。要するにルールがよく解らないからである。ただ、推量の時は 「吹くらむ」と書きたくなる。帰宅してベッドで横になっていたら勘助とあっちゃんが来て私の横で丸くなって重なるように寝ていた。 時々勘助はあっちゃんの体をなめてやり、あっちゃんはグルグル言っていた。そのまま1時間近く眠った。夕食は、ブドウパン、ハンバーグ。

というわけで、私の体調は「悪い」から「良くはないが悪いともいえない」というところまで戻ってきている。一つには、 体重の調節があと600gというところまできたということがあるだろう。明日の透析でドライウェイトまで持って行きたいところだが、 少し食べ過ぎているかも知れない。体調が良くないといろいろなところで根気がなくなって困る。1日のうちで1時間程度は歩くこと、 ブログは日に一度更新すること、を当面の目標としたい。今は20時10分で、テレビ(NHKBS)では森山愛子が 「花」を歌っている。森山良子の娘かと思ったら違うようだ。顔が似ている。栃木県出身の演歌歌手だそうだ。







きょうは6時半ごろ起床。朝食はご飯、ゆうべのシチュー。7時半頃から「富士川クラフトパーク」へ行き1時間15分歩いた。途中転倒した。何もない平らなところで時々転んでしまうのである。私は一度ビデオに偶然映った歩いている自分を見たことがあるが、後ろ側の足が前へ出るとき、ほとんど両足が接触寸前になるのである。だからズボンの裾が汚れるし、時には足と足が絡まって転ぶ。写真は思わずついてしまった左手。できることなら転ぶときには右手をつきたい。左はシャントがあるのでまずいのである。転んだとき、左の足首もひねった。夜になってそこが痛み出して階段の昇降がしにくい。あしたは完全休養にしよう。公園から帰って間もなく、ヒヨリとヒナが来た。夕方まで私たちが預かった。昼食は食パン2枚、ジャム、マーガリン、カルピス。

朝食は食パン(6枚切り)1枚、ジャム、マーガリン、牛乳。9時におじいさんをデイサービスに送り、プラスチックゴミを出し、その足で「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。45分歩いて少し汗ばんだ。5時に起きたときにはまだ雨だったから湿度が高かったのだろう。国道沿いの温度計は23度。クラフトパークは西に高く東に低い傾斜のある地形で、その上の方に「悠休庵」という休憩施設がある。そこから階段を下りて駐車場に向かうのだが、下り始めてすぐのところで、あっちゃんのきょうだいと思われる猫に出会った。おそらく保護していた公園の施設の事務所が放したのだろう。体の大きさが今のあっちゃんと同じくらいで、鼻が黒かった。あっちゃんがうちに来たのは鼻の色が勘助と同じピンクだから、という理由なので、鼻の色で運命が変わったことを思うと胸が痛んだ。ただ、ちゃんと食べているらしく、動きは俊敏で10メートル向こうで私を待ち、3メートルほどに間隔が詰まると逃げる、ということを何度か繰り返して、藪の中に隠れてしまった。じっと座っていたら、家へ連れてきたかも知れない。もちろん、猫にとってはその猫が幸せかあっちゃんが幸せかわからない。家猫になれば安全で清潔だが自由にできる範囲は狭まるから、食料があれば、十分に広く、雨宿りする四阿やトイレなどが点在する公園で自由にしていた方がいいだろうなと納得するほかなかった。
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