« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »

2008/10/30

ふるさとも風吹くらんか返り花

IMGP7093

ゆうべは22時にはもう眠っていて順調だったのだが、2時頃に勘助は私の体の上をのっしのっしと歩くし、 あっちゃんは例によって顔のすぐ横に飛び降りて来るしで目が覚めてしまった。結局4時近くまで起きていた。 いつもなら9時近くまで寝ているのだが、きょうは右足の太ももの裏側に痛みがでて起きだした。朝食はフランスパンのようなもの(ヤマザキの 「パリジェンヌ」というパン)、牛乳。痛み止め(ロキソニン)を飲み、午前中は寝ころんでテレビを見ていた。 ワールドシリーズはフィリーズが勝った。そのあと庄司沙也香のバイオリン。シューマンのロマンスなど。 水泳の背泳ぎとバイオリンは女子に限る。庄司はパガニーニコンクールで優勝した人で、諏訪内晶子 (こっちはチャイコフスキーコンクールだったか)の妹分くらいになるのだろうか。 庄司は日本音楽財団というところから貸与されたストラディヴァリウス(1715年製)を使っているという。 私など世界的な名画の前に立ったときと同じで、 テレビ画面のストラディヴァリウスに重なって何億円かの札束が見えてきてしまうからまったく度し難い。 曲名はわからないが最初の曲はピチカートが多く、「おい、沙也香ちゃん、もっとそっとやれ」などと考えていた。昼食はご飯、ハンバーグ。

IMGP7046

14時頃、足の痛みが引いたので「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。上の写真はハナミズキの実。最初、 足の様子を見ながら平らなところを歩き、大丈夫そうなので迷路に入ってみた。ここは傾斜しているが階段が3~4段ずつなので歩くのは楽だし、 何回か間違えて行き止まりになるから歩く時間も稼げる。風が出て寒くなった。私は、下着、長袖シャツ、薄いセーター、 秋用のジャンパーという、今の季節としては重装備。以前、 あっちゃんのきょうだいと思われる猫と出会ったところも歩いたがきょうはいなかった。あの時その猫が逃げ込んだ藪も刈り払われていた。  

IMGP7084

写真は、返り咲きの桜。返り咲きする条件としては葉が早く散るということがあると思われる。従って、初夏、 葉桜になったら桜の木の葉を全部むしってしまえば、秋にまた花を楽しめるかもしれないが、ちょっと残酷か。

ふるさとも風吹くらんか返り花 (nabesan)

私は俳句も短歌もいわゆる「歴史的仮名遣い」を使わないようにしている。要するにルールがよく解らないからである。ただ、推量の時は 「吹くらむ」と書きたくなる。帰宅してベッドで横になっていたら勘助とあっちゃんが来て私の横で丸くなって重なるように寝ていた。 時々勘助はあっちゃんの体をなめてやり、あっちゃんはグルグル言っていた。そのまま1時間近く眠った。夕食は、ブドウパン、ハンバーグ。

IMGP7080

というわけで、私の体調は「悪い」から「良くはないが悪いともいえない」というところまで戻ってきている。一つには、 体重の調節があと600gというところまできたということがあるだろう。明日の透析でドライウェイトまで持って行きたいところだが、 少し食べ過ぎているかも知れない。体調が良くないといろいろなところで根気がなくなって困る。1日のうちで1時間程度は歩くこと、 ブログは日に一度更新すること、を当面の目標としたい。今は20時10分で、テレビ(NHKBS)では森山愛子が 「花」を歌っている。森山良子の娘かと思ったら違うようだ。顔が似ている。栃木県出身の演歌歌手だそうだ。

| | コメント (3)

2008/10/29

きれいな秋空

IMGP7019

きょうは9時近くまで寝ていた。それというのも、3時から4時の間くらいに勘助とあっちゃんに起こされて、 6時近くなってまた眠るからである。問題は早朝に起こされている間で、つい水を飲んだり、冷蔵庫を漁って何か食べるかしてしまう。 朝食は食パン1枚、ジャム、マーガリン。きれいな秋空が広がっている。9時半頃から歩こうと思って「富士川クラフトパーク」へ行ったら、 間もなく山梨県の防災ヘリ「あかふじ」が飛来して芝生広場で訓練を始めた。ずっと前にもこのブログに訓練中の写真を載せたことがあって、 見るのは今度で二度目。ヘリコプターから、ええっと思うほど細いワイヤロープにぶら下がって、様々な形での昇降を繰り返す。 隊員たちの呼吸は合っており、動きもきびきびしてなかなか頼もしかった。山梨県は四囲が登山客の多い山岳だし、 道路一本寸断すれば孤立する集落も多いから頑張って訓練してもらいたいと思う。もっとも、訓練が無駄になればそれに越したことはない。

IMGP6962

きょうは近くの保育園から遠足に来ていた。写真はこれからおやつというところ。公園では除草などの作業が行われており、 保育園の遠足があることを園内の放送で周知していた。放送は初めて聞いた。 

IMGP6833

昼食は、細かな鶏肉をご飯の上にまぶしたコンビニ弁当。午後から透析。本日の体重増加は4.1kgで、前回からの純増は3. 0kgだった。早朝の飲み食いが行けなかった。あれで500gくらい損をした。特に寝起きには理性が働かず、つい我慢することを忘れる。 穿刺は看護師のSさんで、「どのへんがいい?」「私はMですから、女王さまのお好きなところへ」などと言って笑い合いながら、2本で済んだ。 穿刺する人をリラックスさせるとうまくいくのかも知れない。透析中はだいたいテレビを見たり、ウトウトしたりしていた。 美奈さんが月曜にした血液検査のデータをもってきた。カリウム6.2、リン5.1。一般に透析を終えるとこれらの値はほぼ半分になっている (はず)。透析が終わって病院から出るとかなり寒かった。

IMG_4967

この写真はゆうべのあっちゃん。寄ってきたかと思うと私のあぐらの中にすぽっと入り、 背中を撫でていると目を細めてグルグル言っていた。私もあっちゃんに受け入れてもらえたということだろう。鈴は、 あちこちでこすられるために塗装 が剥げてきた。少し大きくなってすこぶる元気である。

| | コメント (0)

2008/10/28

富士山を見に行く

IMGP6725

きょうは7時頃起床。といっても、4時頃から1時間くらいは起きていた。勘助たちが来ていて、 なにしろあっちゃんが寝ている私の顔の横23mmあたりに飛び降りてきたりするから寝ていられなかった。朝食はご飯、焼き海苔、焼き魚。 この前からうちでは新米を食べている。栃木のコシヒカリ。なにより、焼き海苔に醤油をひとたらしして、ご飯をくるりと巻いて食べるのが一番。 歩きに行くつもりで8時頃家を出たが、あまりに天気がいいので富士山を見に行くことにした。いつもの道(国道300号)ではなく、 林道を上って紅葉見物もしていった。色づきは例年よりずいぶん早いような気がする。

IMGP6743

この林道の頂上付近は有名な富士山写真のポイントで、きょうも10人ほどのアマチュアカメラマンが三脚を並べていた。 みんなペンタックスの6・45程度のカメラを使っていて、私はやや気後れした。 ここからの富士山の特徴は人間が生活している場所から頂上まですっかり見えることである。写真マニアはそこのところを撮ろうとしない。 きょうはずいぶんたくさんのパラグライダーが飛んでいた。静岡県側に下って本栖湖を回って帰ってきた。下の写真は本栖湖の富士山展望場所。 昼食は食パン2枚(8枚切り)、ジャム、マーガリン。

IMGP6820

ゆうべは少し頭痛がしたので早々に寝てしまった。今年初めて布団をあたためた。 自慢じゃないが私の敷き布団は足元と腰のあたりを温めることが出来る。布団ではなく「温熱治療器」なのである。きのうの透析について。 体重増加は4.9kgで、前回からの純増は3.8kgだった。2日空きとしては上出来。今週はどうにかドライウェイトに戻せる見込み。 穿刺は美奈さんで2本で済んだ。透析中は眠ったりテレビを見たりしていた。やはり残り1時間くらいになると体がきつくなった。

IMGP6689 

夕食はご飯、餃子、白身魚唐揚げ、きゅうりの漬け物など。高橋尚子引退。 いまの状態ではスポンサーも見つからなかったということだろう。高橋のベストレースは1999年のアジア大会だったと私は思う。 偉大なランナーだった。WBCの監督に原辰徳。読売が後援するからだろうが、原で大丈夫か。まあ、 野球では選抜チームを作る伝統がないから毎回今度のような騒ぎになるに違いない。きょうはエディタに「ubicasut Blogger」 を使った。

| | コメント (1)

2008/10/27

秋冷や夢のことなど書き留めて

IMGP6642.JPG

今は27日早朝、4時30分とわかったのは新聞配達のバイクの音、小走りの足音、ポストに新聞を入れるガチャンという音がしたためだ。およそ、新聞屋さんはうちにくる時間が1分と違わない。ひんやりした朝で、冬用のジャンパーを羽織っている。4時頃目が覚めて灯りを点けたら、すぐに勘助が来て膝の上に乗ってきた。「勘助おりこうだねえ」などといいながら背中をなでていると、もう「一人」のおりこうさんがやってきてやはり膝の上に乗ってきた。あっちゃんに押しのけられる形で勘助は私の直ぐ横に下りた。「あっちゃんもおりこうだねえ」。

IMGP6626.JPG

目を覚ます前に見た夢。私は逮捕されたらしい。山の上から外国人に連れられて下ってきた。そしてどこかの村の駄菓子屋の店先で休憩している。「おれはCIAだ、もう逃げられない」と男が言う。「なんでなんだ、何もしてねえよ」と私。「フィリピンの刑務所送りだ、あきらめろ」と男。私と男のまわりに何人かの人が集まってきていて、みんなにやにやしている。まいったなあ、と思いながら目が覚めた。私はCIAに逮捕されるほど大物ではないことはご存じの通りで、正夢にはならないだろう。第一、逮捕にくるんだったらFBIじゃないのか。フィリピンが出てきたのは、義父の弟が数年前に「フィリピンに遊びに行く。お寺のお金を送るから」と電話をしてきて、その後の消息は杳としてわからぬためだと思う。もう80歳近い年齢なので気にはしている。結局、私は「フィリピンに行った」はずのおじさんと話した最後の人となっている。ひと山当てようとして失敗ばかり、うちも含めてあちこちに迷惑をかけた人だった(過去形で書くのはまずいか)。以前にも10年ほど消息不明になったが、その時の借金をうちで払い終わったころにひょっこり現れたので、そのうちまたフィリピン土産でも携えて出現する可能性がないわけではない。

IMGP6673.JPG

結局6時頃からまた寝直して、起きたらもう9時だった。空腹は感じなかったので朝食は食べず、すぐ「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。1時間歩いた。途中、以前生コン会社で一緒だったYさんと合った。彼は運転手で、たしか心臓あたりの血管のバイパス術を受けて退社したのだが、今は元気そうでシルバー人材センターで草刈りなどをしているそうだ。久しぶりに秋空が広がっていて、歩くにはちょうどいいい日和だった。写真の吊り橋を渡り、すぐ石段をよじ登り、向う側にあるサバイバルの森というところを一周して駐車場に戻る。昼食はチャーハン。これから透析に出掛けます。夜は書けるかどうかわからないしアップしておきます。少し調子もでてきました。

 

| | コメント (0)

2008/10/25

きょう1日

今は25日の早暁、3時30分。ずいぶん数もすくなくなって、元気もなくなった虫が家の裏手の草むらで鳴いている。寒いというほどではないが厚手の長袖一枚では背中が冷えるのでジャンパーを羽織った。ゆうべは、透析後の体調が悪くて、19時半にはもうベッドによこたわり、幸いすぐ眠れて3時に起きた。目覚める前に、トイレでうんうん苦しんでいる夢を見た。夢というものはもう少しロマンチックなものであって欲しい。おなかがすいていたので菓子パンを1個食べた。冷蔵庫にエスカップがあったので飲んでしまった。後頭部に、痛みというか重みというか、軽い違和感がある。この時間には毎晩勘助もあっちゃんも活動を開始するのだが、きょうは静かである。4時。勘助が、軟禁されている部屋(今は女房もそこで寝ている)の入り口の引き戸をガタガタやっているので開けに行ったが、女房が中からつっかえ棒をしていて開かなかった。4時10分。女房がトイレに起きた隙をついて勘助脱出。あっちゃんは寝ているらしい。

IMGP6483.JPG

ここのところ透析で苦しんでいる。体重がどうしてもうまく管理できない。要するに余分な飲食をしすぎるということなのだが、その「余分な飲食」ほどおいしいものはないから困る。この土日をなんとか抑え込まないといけない、と思うそばから菓子パンを食べたりしている。まったく、私の意志の力は猫並だ。きのうの穿刺は恵子さんで、前回4本も刺しているから「きょうはリベンジ」などと言って、かなり慎重に刺す場所を探り、なんとか2本で済んだ。透析そのものは最後の1時間が厳しくなる。汗が出るし、あくびが出るし、頭痛も出てくる。薬(カロナール)をもらって飲んだ。

上まで書いて、4時半頃寝直した。7時半頃起床。朝食は菓子パン1個。9時、おじいさんをデイサービスに送る。それから「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。はやばやと葉を散らした桜の木があって気になっていたのだが、その木が花をつけていた。

IMGP6553.JPG

返り花、狂い咲きなどというが、あ、そうそう、「返り咲きの花もみゆ・・・」という歌があった。帰宅するとヒヨリとヒナが来ていた。午後から二人を預かった。

IMGP6570.JPG

 IMGP6571.JPG

向かって左がヒナ、右がヒヨリ。保育園ではヒヨ・ヒナと呼ばれていて、最近は家でもヒヨちゃん、ヒナちゃんと呼ぶようになった。名前はたとえば「陽葉(ヒヨ)・陽菜」でもよかったかなと思う。それから予定では来年の3月21日にヒヨリとヒナはお姉ちゃんになるが、赤ちゃんは弟であることがわかった。今度は双子ではない。

夜、NHKBSで「叙情歌大全集」という番組をみた。「赤とんぼ」から始まって「旅愁」で終わった2時間番組。渡辺美里が2曲歌ったが、こんなんでも歌手なのかと思うほど下手。私の好きな歌。「早春賦」「ちいさい秋みつけた」「里の秋」など。

| | コメント (1)

2008/10/23

久しぶりに雨

IMGP6472.JPG

あわてて撮ったのでぶれてしまいましたが、きょう午後の勘助とあっちゃん。

きょうは朝から雨だったこともあり家から外に出ず完全休養。大リーグのワールドシリーズ第一戦、レイズ-フィリーズを見る。いい試合で、レイズの岩村も活躍したが、試合はフィリーズが3-2で競り勝った。朝食も昼食も切り餅(市販の)を2個ずつ食べた。まさか事故米など混ざっていなかっただろうな。10時頃雨がやみ、一時日も差した。午後、『時が滲む朝』(楊逸、文藝春秋)を半分くらい読む。合計1時間くらい眠る。15時頃からまた雨になった。

雨のブルース
(歌:淡谷のり子、詞:野川香文、曲:服部良一)

雨よふれふれ
なやみを 流すまで
どうせ涙に 濡れつつ
夜毎なげく身は
ああ 帰りこぬ
心の青空
すすり泣く 夜の雨よ

くらい運命(さだめ)に
うらぶれ果てし身は
雨の夜路(よみち)をとぼとぼ
ひとりさまよえど
ああ 帰りこぬ
心の青空
ふりしきる 夜の雨よ

昭和15年の曲で、西暦なら1940年、戦時色がきわめて濃厚になり「粛軍演説」の斎藤隆夫が国会を追われた。真珠湾攻撃は翌年である。

今は19時を少し過ぎたところで、勘助は廊下に座って目を閉じ、あっちゃんは私のベッドの上でどことなく未熟な香箱をつくっている。やっとあっちゃんは私にも慣れてきて、けさは4時前に勘助と交互に私の胸に乗ってきた。あっちゃんは軽くて上に乗られても負担にならない。相変わらず外は雨。

星野仙一がWBCの監督を辞退するそうだ。それはそうだろう。前にも書いたが、私がコミッショナーだったら伊東勤にする。阪神をやめた岡田にするなんて言い出さないことを祈るばかり。

| | コメント (2)

2008/10/22

体調イマイチ

IMGP6440.JPG

天候が下り坂なのでそのせいかも知れませんが、どうも、特に透析後の体調が芳しくありません。数日ブログ更新は思うようにできません。休養第一にしようと思います。嫌になりますねえ。

| | コメント (1)

2008/10/20

ネット復旧

IMGP6237.JPG

(10月19日)

きょうは7時半に起床。朝食は食パン1枚、ジャム、マーガリン、ウーロン茶。午前中はネット友達と雑談。テレビでNHK杯将棋。福崎文吾-佐藤康光。佐藤の自力勝ち。将棋では、私は佐藤ファンといってよい。昼食はラーメン、ご飯。きのう転んで軽い捻挫だったので家でじっとしているつもりだったが、あまりに天気がいいし、14時ごろから「富士川クラフトパーク」へ行って歩いてきた。もう西に回りかけて、いくらか赤みを帯びた日が木々の影を枯葉降る芝生の上に作り出している。結局1時間半くらい歩いた。つまり、45分かかるところまで行ってしまったということ。思いのほか足首の痛みはなかったが念のため階段はできるだけさけた。

IMGP6262.JPG

いま、クラフトパークで一番の見ものはすすき。特に逆光の中のすすきは美しい。公園には家族連れが多かった。芝生広場のあちこちにシートを広げた家族がいて、子ともたちが走り回っている。今になってわかっても遅いが、子どもは休みに遊園地などに連れて行かなくても、広くて安全な場所に連れて行けば勝手に遊び出す。

IMGP6301.JPG

すっかり秋の色になった公園。一番上にある展望台のようなところから撮った。左下にその展望台と私の影が写っている。富士山は一番高い山の向こうにあって見えない。

IMGP6299.JPG

(ここでネットが切断した)

(10月20日)

お金を払ったので夜には開通していました。ゆうべは勘助とあっちゃんが私の部屋へ来ていたし、少し足も痛んであまり眠れなかった。3時半頃菓子パンを食べたりしたので朝食はなしにした。8時半頃、女房が「富士川クラフトパーク」へ走りに行くというので私も一緒に行った。ゆっくり30分くらい歩いた。女房は3キロを20分近くかかったと嘆いていた。まあ、もう少し痩せないとだめだろう。帰り、ドラッグストア、スーパーに寄る。帰宅後入浴。昼食は切り餅3個。醤油と海苔。

IMGP6354.JPG

午後から透析。言いたくないが、本日の体重増は6.5kg。4.5kg除水したせいか、最後の頃は頭痛がした。穿刺は看護師のSさんで、「どこへ差したらいい?」などと言い、迷っている。刺される方としては迷われると怖い。かなり痛かったが2本で済んだ。刺すとき痛いと抜くときも痛い。透析中は、ガソリンスタンドで借りた『ゴルゴ13』を読んだりウトウトしたりだった。体重について『1日300gずつ頑張れば9日でチャラよ」などと言う。彼女はベッドに腰掛けて患者と話す。毛布越しにお尻が私の膝当たりに触るのでうれしいといえばうれしいが、なんとなく看護師コスプレのキャバクラみたいである。私はキャバクラ等のいわゆる風俗には行ったことはない、念のため。案外、美奈さんや恵子さんなどが「ナース喫茶」でも始めれば当たるかも知れない。なにしろ本物だし、F先生をマスターにでもすれば診察もしてもらえる。「お一人様5000円ぽっきり、健康診断つき」にして、入店したら最初に血圧を測ってくれる。

IMGP6335.JPG

夕食は、ご飯、豆腐ハンバーグ、さんま、キムチ。夜は主にテレビを見ていた。野球、山野井夫妻の登山。阪神-中日戦は投手戦の末中日の勝ち。やはりいくらいい選手でも40歳前後の選手が主力のチームは最後には疲れてしまう。いまの巨人のように若手が次々出てくるチームはやっぱり最後には勝つ。

| | コメント (1)

2008/10/18

ハープのコンサート

IMGP6185.JPG

ゆうべは透析後の体調が悪く、20時30分頃にはもう寝てしまった。4.0kg除水して、それでも1.9kgも残っているような状況、それも金曜日にそのザマでは調子も悪くなる。きのうは美奈さんが休みだったので恵子さんがすぐ私のところへきて、体重について「どうしたんですか? 何か悩みでも?」という。こういうところが彼女のいいところで、いつでも患者に寄り添おうとする。看護師さんはみんなそうなのだろうが、私は恵子さんとの付き合いが長いし、彼女もいろいろな問題を起こしてきた私はある意味特別なのだろう。担当がなぜか美奈さんに変わって、恵子さんに「寄り添ってもらっている」感が少なくなっていたが、きのうはうれしかった。

IMGP6197.JPGきょうは6時半ごろ起床。朝食はご飯、ゆうべのシチュー。7時半頃から「富士川クラフトパーク」へ行き1時間15分歩いた。途中転倒した。何もない平らなところで時々転んでしまうのである。私は一度ビデオに偶然映った歩いている自分を見たことがあるが、後ろ側の足が前へ出るとき、ほとんど両足が接触寸前になるのである。だからズボンの裾が汚れるし、時には足と足が絡まって転ぶ。写真は思わずついてしまった左手。できることなら転ぶときには右手をつきたい。左はシャントがあるのでまずいのである。転んだとき、左の足首もひねった。夜になってそこが痛み出して階段の昇降がしにくい。あしたは完全休養にしよう。公園から帰って間もなく、ヒヨリとヒナが来た。夕方まで私たちが預かった。昼食は食パン2枚、ジャム、マーガリン、カルピス。

IMGP6211.JPG

16時からNHK教育で「思い出の名演奏」の放送があったので聴いていた。ショスタコービッチ・交響曲5番(革命)とチャイコフスキーの交響曲4番。ヤンソンス・レニングラードフィル。25年ほど前の演奏で、ということはバブルがふくらみはじめていた頃だろうから、なんといっても会場の熱気がすごかった。本当は少し眠るつもりだったが最後まで聴いていた。夕食は、ご飯、ふりかけ、シチューの残りなど。

IMGP6188.JPG

夜、町の総合文化会館で「井上久美子ハープトリオコンサート」があったので行ってきた。井上と二人の弟子(千田悦子、奥田恭子)のコンサートだった。「歌のつばさに」「モルダウ」「日本のメロディ」など親しみやすい曲。曲と曲の間に解説があったり質問の時間があって、面白かった。ハープを習っている子が「指にマメが出来るのはなんとかならないか」といったら、井上先生、言下に「練習不足です」と答えていた。マメができて血マメになりを繰り返してハーピストの指が出来上がるのだろう。それから、きょう舞台上にあったハープは、アメリカ製(千田)、ドイツ製(井上)、日本製(奥田)であって、合計金額は2000万円くらいだという。運搬はどうするのか、という質問があったが、「ハッチバックの車なら積めます。きょうも3台の車で来ました」と言っていた。東京にはハープ運搬専門の業者がいてそれだけで生計を立てている人もいるという。そもそもハープを直に見るのは初めてなので聴くというより見ていた。千田悦子さんの手の美しいこと、奥田恭子さんの胸の谷間がちらりとして、ああ、次に生まれ変わったらハープになろうと思った。ついでに「ハープ豆知識」を少し。重さは45~50kgであり(グランドハープ、小さいのもある)、従ってキロ当たり12万円程度(意味はないか)。手の小指は使わないので「詰めても大丈夫です」(井上)とのこと。足は結構忙しく、右足に3つ、左足に4つペダルがあって♯と♭の役目をする。会員(文化会館の)なので、前売りで1500円だった(当日は2500円)。コストパフォーマンスはかなり高かった。

IMGP6172.JPG

テレビで「パチンコ加山雄三」のCMを見た。「海物語」もやっていた。つまりパチンコする人がそういう世代ということだ。あの業界も明るいとは言えない。第一、おれが行かないもんねえ。

| | コメント (1)

2008/10/16

飯田龍太回顧展

IMG_4946.jpg

きょうは山梨県立文学館で開かれている、去年亡くなった俳人・飯田龍太の回顧展に行ってきた。原稿や色紙や写真などがたくさん展示されていて面白かった。写真は文学館前の池にある噴水で、霧で吹き出すため日差しを受けて虹を作っていた。きれいな秋空が広がって、少し汗ばんだ。

去るものは去りまた充ちて秋の空 (飯田龍太)

IMG_4949.jpg

県立の文学館と美術館は「芸術の森公園」という同じ場所にある。上の写真は美術館の通路。身体障害者は両方の施設とも入場無料になるので、飯田龍太展を見た後久しぶりに美術館に行った。山梨県立美術館といえばミレーで、「種を蒔く人」などが割と無造作に置いてある。当初はそんなことは言っていなかったのだが、ミレーが受けたのでバルビゾン派の作品を収集し始めた。県営の発電所が東京電力に電気を売って資金に充てている。龍太展も美術館も歩かなければならないからかなり疲れた。合計4時間以上歩き回ったことになる。絵の方は大きな作品なら中央の椅子に腰掛けて眺められるが、龍太の原稿となると立って顔を近づけないと読めない。

IMG_4948.jpg

上の写真は美術館の正面。建物の右端に掲げられた写真はミレーである。ここは山梨の観光名所になっているため、おばさんがぞろぞろ歩いている。たとえば、東京発の日帰り旅行であれば、勝沼のぶどうとワイン→昇仙峡→県立美術館といったところ。

IMG_4935.jpg

勘助は最近本棚の一番上によじのぼっていることが多い。ここにある本はここ20年くらいまったく動いていないのでほこりだらけなので、できれば行ってほしくない。勘助の目が青いのはカメラのフラッシュの関係。写っている本を見ていると自分でも面白い。将棋の本が案外多い。

上まで書いて眠ってしまった。かなり疲れていたようだ。かなり手抜きだが更新のための更新ということで。

| | コメント (0)

2008/10/15

体重をなんとかしなければ

IMGP6099.JPG

23時頃に眠ってけさは6時に起きるという極めて健全な夜から朝だった。4時頃だと思うが勘助が来て布団にもぐりこんできたが、とりあえず眠りは妨げられなかった。体のどこにも痛みはない。朝食は、ゆうべの「ほうとう」をお椀一杯食べた。7時半頃「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。快調で1時間15分歩いた。途中から雲が切れてきて、夏を思わせるような強い日差しがやってきた。少し汗をかいた。帰り、銀行に寄り障害年金を受け取る。帰宅してネット友達と雑談。昼食はバターロール2個、ジャム、マーガリン、水少し。

IMGP6114.JPG

午後から透析。いやいや参った。体重は6.4kg増加で、前回からの純増も2.8kgだった。これは早い話が返済不能の借金のようなものである。どこかでなんとか債務整理しなければならない。結局2.9kg残した。穿刺はF先生だった。2本で済んだ。透析中はウトウトしたり、テレビを見るともなく見たりしていた。美奈さんも恵子さんもベッドに寄ってこない。どうも透析室は人手が足りないらしい。鈴木君が持病の喘息で休んでいるし、Yさんは出産して長い休みである。田舎の小さな病院では看護師さんの確保も困難だろう。

帰宅すると、ヒヨリとヒナが来ていた。夕食はご飯、餃子、茄子を炒めたもの。夜、サッカー、日本-ウズベキスタン。我らが代表チームはできは悪くなかったが点が取れずに引き分けた。まあ、予選で大事なことは負けないことであるからまずまずである。ただしアウェイで負けられる試合が一つ減った。解説していた山本昌邦が勝って当たり前みたいないい方をしていたのは気に入らなかった。

IMGP6121.JPG

22時から「その時歴史は動いた」で、知里幸恵を取り上げていた。『アイヌ神謡集』をまとめて、19歳で亡くなった人。私は幸恵の弟・真志保が編訳した『アイヌ民譚集』(岩波文庫)をなぜか持っていて開いてみたら、こちらはアイヌの昔話で下ネタのオンパレードだった。アイヌを「先住民」と日本政府が公式に認めたのは今年の6月だという。「日本は単一民族」と言って辞任した大臣がいたが、日本には単一ではなくアイヌを初めとする「先住民族」があり、大陸の人々などと混血を続けた果てに私たちはいる、と考えると、むしろ「日本人」の豊饒を感じる。

IMGP6125.JPG

SONGS という番組で美輪明宏の歌を聞いていた。髪は黒くしている。この番組、かなり凝った作りで、公開放送ではないが昔の「ビッグショー」の後継かもしれない。美輪が死んだら貴重な映像になるだろう。

| | コメント (0)

2008/10/14

体調不良気味

IMGP6076.JPG

どうも体調がよくありません。おとといの足の痛みが消えたあと、きのうは透析後の頭痛に悩まされました。体重が増えすぎたのが原因と思われる。痛み止め(ロキソニン)を飲んで横になったら、たぶん9時10頃、きょうの料理の一品目ができるころには眠った。23時頃激しい頭痛で目を覚ます。まるで、後頭部に宇宙人の基地でもあるような痛み、といってもたとえが下手だな。とにかく痛かった。バファリンを飲んだら少し治まってきてまた眠れたけれど、朝の4時頃また足の痛みがきて目が覚めた。生きてる証拠だとは言っても、痛いものは痛い。天候のせいだろうか。朝のうち晴れていたが昼前から雨になった。

IMGP6081.JPG

左は女房が読んでいた本。ダイエットというのは、無駄に食べずに運動する、というほか手はないような気がする。彼女はこれを読んだだけでもう痩せたような気になっているのだろうか。「腰回し」なんてやっている様子はない。きょうは結局、4時に起きて、ゆうべの残りのマカロニサラダを食べて朝ご飯にした。痛いと腹も減るのである。午前中は眠いような眠くないようなで、ぼーっとして大リーグ、レッドソックス-レイズ戦を見ていた。試合は面白くなく、大差でレイズが勝った。レイズはアメリカンリーグの西地区で、ずっと最下位だったがことしは快進撃をした。途中少し眠った。昼食はカレー。午後、ネット友達と雑談。14時頃から2時間近く眠った。

『週刊朝日』10/24号、林真理子の対談は松田聖子や太田裕美の曲を多く書いた作詞家の松本隆がゲストである。中川翔子の曲を筒美京平と一緒に作ったそうだ。「すごくいい曲なんです」と言ってから「ただ、あの子はまだコスプレなんですよ。中身勝負じゃなくて、外観勝負。きちんと中身があると思うんで、それが出てきたとき天下とると思うね」と述べている。松田聖子と重ねあわせている節がある。中川翔子が音楽の方でブレークするかどうか、見物である。林は最近の曲の歌詞について「今の人の詞って、英語が交ざって、そのくせ説教がましい」と言っている。賛成。あと、いわゆる「てにをは」を抜いたり、ラ抜き言葉にするのも具合が悪い。

IMGP6082.JPG
(あっちゃんのアップ。眠くて目が少し細くなっている)

ところで、「イグノーベル賞」というのがある。「『人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究』に対して与えられる賞」のことである。本家のノーベル賞と同じくらいの確率で日本人もこの賞を授与されていて、今年は「単細胞生物の真正粘菌にパズルを解く能力があったことを発見したことに対して」広島大学や北海道大学の先生が受賞した。また1998年には「数百万人の仕事時間を、仮想的なペットの飼育に転換したことに対して」日本人が受賞しているが、つまり「たまごっち」を作った人たちである。過去の「業績」を含む受賞者の一覧はこちら。面白いのでご一読をおすすめする。

IMGP6073.JPG

夕食は、ほうとう。山梨といえば「ほうとう」という人も多いが、私はあまり好きではない。食堂で食べるほうとうは見た目も味もそれなりにつくってあるが、家で作るものはだいたいべたべた系で、山梨県人はひらたい麺がどろっと溶けたのがおいしいなどと言ってはばからない。当然正月のお雑煮も餅を煮込んでどろどろにする。それが私にはだめである。私が食べる「ほうとう」はただの煮込みうどんに近い。

| | コメント (2)

2008/10/13

調子が出ない

きのう(11日)は7時頃起床した。栃木から DialysisDiary(透析日記) のまきぼっくりさんが、富士スピードウェイであるF1を見るために来るついでに身延にもまわってくれるというので、クラフトパークで会ってきた。何度かメールをやりとりしながらうまく落ち合うことが出来た。しばらく立ち話をする。年齢は15歳も若いが、高校も同じで、共通の先生を知っていたりした。

午後から足が痛み出した。左足のくるぶしが最初に痛み出し、やがてかかとへ移った。痛いんだから仕方がない。ただ、痛い痛いといいながら、なんとか気を紛らわせようとしたが、まあ、たばこの本数が増えるだけ、飲んだり食べたりが増えるばかり。結局明け方の4時までのたうちまわっていた。

きょう(12日)は7時頃に起床。朝食はバターロール2個、ジャム、マーガリン、紅茶。足の痛みは少し眠ったらだいぶよくなっていたので、歩きに行こうかと外へ出たら風が冷たく寒いのでやめた。ネット友達と雑談。NHK杯将棋。森内俊之-中座真戦。堅実といえば聞こえはいいが、じりじりなぶり殺すような差し回しで森内の完勝。昼食、スパゲティ。午後、F1のテレビ中継を見ながら寝てしまった。2時間半くらい眠った。目覚めに金縛りがくる。15時半から45分歩く。夕食、やきそば。夜、テレビ。サッカー天皇杯、広島-大阪体育大学。21時からN響アワー。モルダウ、シューマンのライン。ETV特集。1937年に「戦争は罪悪」と言い切った僧侶、竹中彰元という人の話。23時から「名曲探偵」、ラ・カンパネラ。あれ? 「銀河鉄道の夜」に出てくるのはだれだっけ。カムパネルラだった。夜、勘助が来ていて、私の膝の上とベッドの上を往復していた。いつになく甘える。0時を回って薬を飲む。調子が出ない。

IMGP6046.JPG

| | コメント (2)

2008/10/10

きのうときょう

IMGP6005.JPG

きょう(9日)は7時半頃起床。朝食は食パン1枚、ジャム、マーガリン、牛乳。女房がでかけようというので、8時半頃家を出てほったらかし温泉に行った。雲は多い。特に空の周縁の雲は大きな固まりになっている。30分ほど露天風呂に入っていた。実は、私の背中の下部からお尻にかけてははっきりした傷(怪我の傷と、床ずれの跡)があり、何年か前にこのほったらかし温泉に初めて入るまで他人と一緒のお風呂には入ったことがなかった。それが、入ってみるとなかなか気持ちがいいし、あまり人目も気にならなくなった。日差しは少し強かったが、温泉のある場所が高く風があるので快適だった。昼食は温泉の食堂で天ぷらそばとゆでたまご(半熟)のフライ。

IMG_4882.jpg

温泉から、近くにあるあいちゃんの実家に寄る。もう82歳になる、あいちゃんのおばあさんがいて、お兄さんの子ども二人(あばあさんからみてひ孫・男の子)の子守をしていた。同じ3歳だが、ヒヨリとヒナとは学年が一つ違う上の子と電車の絵本を見たりしていた。30分ほどいて、近くの道の駅に寄った。これからどうしようかという話を女房としたが、いつものように意見は合わず、しょうがないな帰ろうということになった。 ただ、少し遠回りして富士山麓の方を回った。途中御坂峠の旧道を登っていたらガソリンがないというランプが点いてあわてた。(ここまで書いて寝てしまった)。下の写真は御坂峠からの富士山(きのう)。手前は河口湖。

IMGP6006.JPG

きょう(10日)は7時頃起床。朝食は食パン1枚、ジャム、マーガリン、紅茶。「富士川クラフトパーク」へ行って1時間歩いた。きれいな秋空で、ちぎった羽毛のような雲が浮かび、そこに何本かの飛行機雲が横切る。羽田空港から西日本に向かう旅客機はだいたい身延の上を飛行するようだ。肉眼でも、尾翼のマークが見えることがある。帰宅してネット友達と雑談。入浴。昼食はご飯、唐辛子ふりかけ、焼き魚。

IMGP6013.JPG

午後から透析。体重が多いときはいつもだが、出掛ける前から後頭部に違和感があったのだが、やっぱり多かった。本日の体重増加は4.4kg、前回からの純増は4.0kg。いかん、金曜日にこれじゃ困る。きのう水分を摂りすぎたと思う。900g残した。穿刺は臨床工学技士のKさんで、4本刺した。気が滅入る。透析中、NHKBSで、「フロンティア・人類滅亡を回避せよ」と「科学シュミレーション・人類の消えた地球」を時々眠りながらみていた。前者は2075年の地球と人間。洪水と干ばつの地球、最後に人類を救うのは愛だ、というようなドラマ仕立て。ハッピーエンド。後者は、ある日突然人類は消える。すると200年ほどでだいたい地球は緑に覆われる。そして様々な動物たちの楽園になる。もちろん、原発も暴発するわけだが、その放射線も新しい土が覆って隠してしまう。やっぱり地球にとっては人間がいない方がいいのか。そうは言っても、ピンチをなんとか切り抜ける知恵も人間は持っていると思う。透析終了45分前から具合が悪くなる。頭痛と、あくび。

IMGP6016.JPG

帰宅して夕食。ご飯、焼き肉など。二階へ上がって休む。なんだか胸が詰まるような感じで、これはいかんと思ってベッドに仰向けに寝て、体の力を抜きひたすら休むこと2時間。ようやく呼吸が整った。きょうはなんとか早く寝よう。

| | コメント (0)

2008/10/08

秋の蚊の耳元に来て淫夢覚め

IMGP5959.JPG

きょうは5時に一度起きた。そのあと、猫と遊んだりしてもう一度ベッドに入り、8時まで寝てしまった。5時に起きたときに見た夢。私は駅伝を走っている。アンカーである。なぜか途中に石段があってそれを駆け上ると、今度は藪があった。誰か分からないが目の前に走者がいる。私はなんとか追いつこうと必死で藪をかき分ける。ゴールはどこか学校の校庭で、向こうにゴールを示す、高く掲げた横断幕が見える。すると場面が変わって、私はヤフーチャット・アダルトカテゴリ(通称アダチャ)のアイドル、かなさんと一緒に校舎のところのベンチに並んで座っている。私は彼女の胸に触ろうとするが、「胸なんてないよ」と逃げられてしまう。校舎から女の子が三人ほど出てきてこちらを見て笑っている。次に、私とかなさんは学校の体育器具置き場のようなところで寝ている。私はまた彼女に手を伸ばすが、その瞬間彼女は消えていなくなっていた。呆然としているところで目が覚めた。これはいかん、アダルトカテゴリに行き過ぎだと思った。それにしても、こういう夢が淫夢に発展せずに終わってしまうのは悲しいことだ。夢の中くらいいいじゃないかと思うのだけれど。ちなみに、かなさんは本人が言うには22歳で、大学4年生。見た目もだいたいそれくらいで、とても美しいウェストラインをしている。体全体の形も素敵だが、唯一本人がコンプレックスを抱いているのは胸のようで、谷間を作るのはかなり苦心しているようである。

秋の蚊の耳元に来て淫夢覚め (nabesan)

それから駅伝の部分で私がアンカーなのは、はるか昔に京都の全国高校駅伝に出たときアンカーだったからと思われる。アンカーってすごいと思うかも知れないが、高校駅伝の場合の区間の決め方は力の順に、1、3、4、7、6、2、5というのが当時は一般的だった。つまり私はチームで4番手だったわけだ。32位だった。

IMGP5988.JPG朝食は食パン(6枚切り)1枚、ジャム、マーガリン、牛乳。9時におじいさんをデイサービスに送り、プラスチックゴミを出し、その足で「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。45分歩いて少し汗ばんだ。5時に起きたときにはまだ雨だったから湿度が高かったのだろう。国道沿いの温度計は23度。クラフトパークは西に高く東に低い傾斜のある地形で、その上の方に「悠休庵」という休憩施設がある。そこから階段を下りて駐車場に向かうのだが、下り始めてすぐのところで、あっちゃんのきょうだいと思われる猫に出会った。おそらく保護していた公園の施設の事務所が放したのだろう。体の大きさが今のあっちゃんと同じくらいで、鼻が黒かった。あっちゃんがうちに来たのは鼻の色が勘助と同じピンクだから、という理由なので、鼻の色で運命が変わったことを思うと胸が痛んだ。ただ、ちゃんと食べているらしく、動きは俊敏で10メートル向こうで私を待ち、3メートルほどに間隔が詰まると逃げる、ということを何度か繰り返して、藪の中に隠れてしまった。じっと座っていたら、家へ連れてきたかも知れない。もちろん、猫にとってはその猫が幸せかあっちゃんが幸せかわからない。家猫になれば安全で清潔だが自由にできる範囲は狭まるから、食料があれば、十分に広く、雨宿りする四阿やトイレなどが点在する公園で自由にしていた方がいいだろうなと納得するほかなかった。

帰宅してお風呂にはいり、昼食はチャーハン。徹子の部屋に緒形拳が出ていたので見た。もちろん幽霊ではなく以前出演したときの録画を追悼特集として流していた。あの人の語り口は好きだった。芸能ネタを取り上げるとアクセスが増えるのだが、きのう女性誌のタイトルを並べた中に、大物俳優(54)の不倫同棲6年間! というのがあって多くの(といっても40くらい)アクセスがあった。で、責任を感じてネットで調べたところ、おそらく、大物俳優はYMではないかと推測した。1954年生まれで大物と俳優と言って言えないこともないのは彼くらいだったのである。あ、そうか、1953年生まれでもまだ誕生日が来ていなければ54だな。わが調査はかなりズサンであるので信用しないでもらいたい。

IMGP5986.JPG

午後から透析。本日の体重増加は3.5kgで前回終了時からの純増は2.4kgだった。まずまずで、きょうでドライウェイトに戻すことも出来たが、美奈さんが少し残そうよというので400g金曜に持ち越した。穿刺はF先生で、「調子はどうですか?」とニコニコしながらやってきた。先生は最近髪型を変えたが、相変わらず短めの茶髪、ひげをたくわえている。「特にどうということはありません」「そうですか、あ、体重もいいですね」。前回のように4本も刺されると、いい加減穿刺が怖くなるが、さすが先生2本で済んだ。私の血管は刺しにくいことで透析室では知られており、最高で5本刺されたことがある。だから、あくまでも冗談半分だが、穿刺に来た人には「5本までOK」と言っている。透析中はうとうとしたり、テレビを見たりしていた。美奈さんが針を抜きに来て、
「最近、足の親指が痛いのよ、働き過ぎかなあ」
「外反母趾じゃないの?」
「それとは違うのよ」
「足にかかる重さが多いからかな」
「先生は注射すれば痛みは取れるっていうんだけど」
「注射が怖いの?」
「うん」
透析室には、言っちゃ悪いが年齢的なこともあるが、腱鞘炎などあちこち痛い看護師さんがいる。美奈さんは恵子さんの次に若い看護師さんだと思うが、36かそこらだと思う。

IMGP5989.JPG

透析が終わって外に出ると、西の空にクリアな半月が浮かんでいて、山の影を浮かび上がらせている。19時帰宅。勘助は下駄箱の上で、玄関のガラスに顔をくっつけるようにして私の方を見ている。「お、煮干しのおじさんが来た」。あっちゃんは女房に抱かれている。夕食は、焼きうどん、コンビニの海苔巻き少し、梨少々。梨が少々なのは果物はカリウムが多いため。カリウムといえば、100g当たりの含有量でいうとバナナが一番多い。バナナといえば「バナナダイエット」。森公美子は10kg減らしたそうだが、それは他に何か要因があってのことで、朝食をバナナと水だけにすれば痩せるとはとても思えない。テレビに出た医師も科学的根拠はない、と言っていた。ただ、朝食を食べないというのよりは、バナナだけでも食べればずっといいのかなあ。

IMGP5998.JPG

NHKニュースでノーベル賞の南部先生の「対称性の破れ」というものを放送していた。宇宙の原初、高温の中で充満した素粒子はそれぞれ好き勝手な方向を向いているが、温度が下がると一つの方向を向くようになるそうだ・・・と書いていたら次に続くのを忘れてしまったので、ウィキペディアを見たらなお解らなかった。東大の大学院生によると「広く共有された理論」だそうだ。このニュース、二人のキャスターは気に入らないがこのごろ民放は能のない自称お笑い芸人のバカ騒ぎばかりなので見る気がしない。

| | コメント (2)

2008/10/07

手のひらに皮ざらざらと梨を置く

IMGP5957.JPG

きょうは7時半ごろ起床。すでにヒヨリとヒナが来ていた。きょうは若い夫婦の仕事の時間が早く私たちが保育園に送っていくことになっていた。彼女らはまだパジャマのままで、もう朝食は食べ終わっていた。6時20分ごろには着いていたという。急いで朝食。ご飯、昨夜の残りの餃子やシューマイなど。シューマイはヒヨリとヒナが好きなのでけさ支度したらしい。食べ終わると二人の着替え。ヒヨリもヒナもパジャマを脱ぐとたたむ。あいちゃんに教わった通りに順々に作業を進めるのでかなり時間がかかるが、その様子はとても可愛い。ヒヨリはなぜかパンツまで取り替えたが、私も女房もキティちゃんの絵が前なのか後ろなのかわからなかったが、後ろにするのだろうということになりそうした。二人とも来るたびにどこか小さなところで成長している。8時頃家を出て15分、新築された保育園に到着。思っていたよりずっと大きな建物になっていた。ここの園長は私の隣のベッドで透析しており、ロッカーなどでいろいろお金の苦労を聞いた。

IMGP5939.JPG

帰ってきて、少し猫と遊んだ。あっちゃんを膝の上に乗せて背中やあごの下を撫でてやると、最近そうであるように満足そうな表情で時々私を見上げる。別に怖いおじさんじゃないんだということが解ってきたらしい。10時近くなって歩きに行こうと思って家を出たら雨が降り出した。缶コーヒーを買って家にもどった。新聞を読む。きょうは女性誌の広告が多かった。以下に広告で一番大きな活字をで書かれていたことを並べてみる。

ベルギー探求の旅へ・秋を彩る手作りノート(ミセス)
空前絶後の「ニット」ブーム!・「大人パープル」で表情一新(LEE)
狙うは、ニッポンの美人服(VERY)
カシミアの幸福オーラ大研究(Precious)
私たちやっぱり「可愛い」はやめらられない!(maisol)
30代で母になる(CREA)
「お金と幸せ」ハッピー★セオリー(日経WOMAN))
撮った! あの名俳優(54)妻子を棄て「不倫同棲」6年間!(週刊女性)
雅子さま”順調ご回復”の陰で東宮内に一触即発「女のバトル」(女性自身)
今年のコートは「着ても優雅、脱いでも優雅」(GRACE)
女性の品格を上げるファッションマナー(saita)
少ないものでスッキリ! 暮らす(ESSE)
昔より今がきれいな人の秘密(婦人公論)
生活オトナの料理・家事・美容(Lucere)

ちなみに『週刊朝日』のは「壊れ始めたアメリカ主義」である。それから、朝日新聞「CM天気図」(天野祐吉)は、資生堂のTSUBAKIのCMを取り上げている。このCMに出ている女性たちが有名女優からそうでない女性に変わっているそうで、キャッチコピーの「日本の女性は、美しい」が嘘じゃないということを実証しようとしているのだ、と天野は書いている。そうそう、日本の女性は美しくなった。(ごくごく極めてすごく一部に例外はあるとしても)。昼食はインスタントラーメン。

IMGP5926.JPG

午後、ネット友達と雑談。14時頃、図書館に行く。『ワンちゃん』(楊逸、文藝春秋)を借りてきた。それにしても話題になる作家は女性ばかりだな。『週刊朝日』10/17号の巻頭グラビアは「ナンバー王(ワン)』である。退陣を表明した王貞治を特集している。王や長嶋の現役時代を見ている私は幸福だと思う。王のホームランは神宮球場で一度見ている。ふわりと上がるホームランではなく、ライトスタンド中段への弾丸ライナーだった。長嶋に比べると「記憶」ではなく「記録」に残る選手だったと思うが、それは王にとって名誉なことだろう。13年連続ホームラン王なんて空前絶後、もう出ないだろう。日本の野球では最も偉大なバッターだった。まあ、監督としての王と長嶋には私は興味がないし、選手としての能力ほどには監督としての能力はなかったと思う。それから王(選手)とセットで思い出すのは、木次という早稲田から巨人に進んだバッターのことである。彼は長嶋級の期待とともに巨人に入ったが、王がいるために出場機会に恵まれず、数年後にホエールズに移籍したが全く活躍出来なかった。守備位置が一塁手だったのが不運といえば不運だが、外野へのコンバートなど器用なことが出来なかったのだろうから、もし王がいなくてもプロ野球で活躍はできなかったかも知れないが。王より一回り大きな体の木次を時々思い出す。

IMG_4863.jpg

あっちゃんが来たことでいいこともあるが、やはり勘助にはストレスになりもしただろう。1日に何度かは必死に鳴いて煮干しをねだる。時々、勘助は部屋の外へ出し、あっちゃんと分けるようにはしている。夕食はご飯、白身魚フライ、など。あっちゃんと私の写真を下に。これは女房の部屋である。私がキティちゃんやプーさんのファンだったら気持ち悪い。とはいえ、下の写真を見てしまった方は、精神安定剤を飲むなど適切に対処してください。なお、ほとんどの時間私は遠近両用メガネをしているが、このときは外している。髪が薄くなった。家にいるときはだいたいこの格好をしている。

IMG_4861.jpg

午後、千葉の親戚から梨を一箱送ってきた。

手のひらに皮ざらざらと梨を置く (nabesan)

| | コメント (3)

2008/10/06

月明かり乏しき夜を

IMG_4845.jpg

きょう午前中、女房が子宮がんだか乳がんだかの検診に行って、帰りにホームセンターへ寄って、キャット・タワーを衝動買いしてきた。高さも値段も低い物(といっても5000円以上)だが、勘助もあっちゃんも気に入ったようだ。けさは8時頃起床。4時頃だと思うが勘助が来て、私の胸に上ってきた。しばらくあちこち撫でているうちに、呼吸の上下運動が気になるのか自分で右手の側におりて、私が右手を伸ばしてやるとあごを二の腕あたりに乗せて目をつむっていた。そのうち私もまた眠った。勘助は女房が起き出すまでそうしているようだ。勘助とあっちゃんの部屋の入り口には引き戸があるのだが、勘助はそれを自分で開けて私のところへ来るようだ。今はその部屋で女房が寝ているから外から鍵はできないのである。このことで言えることは、勘助は女房より私の方がいいということである。

朝食は昨夜のカレー。外は夜来の雨。それほど寒くはない。歩きにも行けないので、ネット友達と雑談しながら、大リーグポスト・シーズン、レッドソックス-エンジェルスを見た。最後までは見られなかったが、エンジェルスが勝った模様。両チームとも先発の調子がいまひとつだった。昼食はシチューだけ(コンビニのもの)。昼近く、雨が上がった。

IMG_4858.jpg

 IMG_4859.jpg

午後から透析。写真は向かって左が私のベッドのテレビ裏にぶら下げられた看板。ダイアライザーの種類、抗凝固剤の種類と注入量が書かれている。裏側に映っている聴診器を下げた看護師さんが、「猫や犬にお給料みんなもっていかれる」といっているIさん。犬二匹、猫五匹、時々ノラの飼い主である。向かって右は透析の機械のモニタ。きょう私は4.00kg、つまり1時間あたり1.00kgの除水を行うということ。だいたい月曜日はこんなものである。というわけで、体重増加は4.4kgだった。900g残して、それを金曜日までに清算する。機械は大したもので、予定した透析終了後の体重はほとんど狂ったことがない。穿刺は恵子さんが来た。1本目すんなり成功したが、2本目、3本目と失敗。4本目を臨床工学技士の人と交代した。恵子さんは最近穿刺がうまくいっていたのにきょうはがっくりだった。彼女は、なんとか2本で済ましてあげたいという気持ちが強すぎるので、そのプレッシャーが私にも伝わり「血管が逃げて行く」(恵子さん談)状態になるのだろう。ちなみにきょうは透析が終わって針を抜く時も途中交代した。こういう日は初めて。美奈さんがきて、「検査室からお電話でしたよ。カリウム6.4」と言った。カリウムとリンが6.0を超すと電話が検査室から入る。思い当たるのは缶コーヒーとコーヒー牛乳くらい。

透析後外に出ると、雲が晴れていて、三日月というにはやや太い月が出ていた。光はにじみ、月の円形の残りの部分が影となって見えた。きょうは透析室のスタッフが少なく透析開始が遅れたため、いつもより15分遅く帰宅。勘助は下駄箱の上にある牛乳箱の上で、あっちゃんは家の奥から急いで走ってきて「煮干しのおっさん」を迎えてくれた。夕食は、ご飯、餃子、ひじき。 あっちゃんが私のベッドの下へもぐってしまったので、あらゆるひもを振っておびき出したら頭痛がしてきた。ロキソニンを1錠飲んだ。

月明かり乏しき夜を帰り来て猫抱けば命暖かきかな (nabesan)

| | コメント (2)

ほろほろと雨降る夜よ

IMGP5911.JPG

なんだか書く気が起きずきのうは更新を休んだ。とりたてて体調が悪いわけではなく、なんとなく頭に力が入らない。きのうのことはもうだいたい忘れたが、きょうのことは覚えている。朝は8時半ごろまで寝ていた。きょうは町長選挙の投票日で、隣のおばあさんを乗せていくため早い時間に投票に行った女房が帰ってきて、玄関をあける音をベッドの中で聞いた。雲が多くて天気の下り坂を示しているが、まだ日は差していた。朝食はバターロール3個、ジャム、マーガリン、ココア。パンが3個なのは3個残っていたからで、1個では足りないし、通常通り2個にすると1個だけ残すからである。9時頃から投票にゆきその足で「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。1時間歩いた。少し汗ばむ程度で、歩くにはちょうどいい気温だった。帰宅してネット友達と雑談。昼食は、やきそば。午後『誰よりも美しい妻』(井上荒野、マガジンハウス)を読む。井上荒野が井上光晴の娘と知って親近感が出てきた。その他、猫と遊ぶ。雨が降ってきた。時々やみながら今(23時35分)にはかなり強く降っている。

IMGP5910.JPG

夕食はカレー。夜、テレビ。21時からN響アワーでマーラーの交響曲5番。マーラーは割と好き、というか、40歳くらいになって好きになったと思う。エリアフ・インパルのCDを持っている。続けてETV特集で「従軍写真家・小柳次一」を見た。「徐州徐州と人馬は進む・・・」の「麦と兵隊」の写真を撮った人。最初は日本の軍事行動の正当性を海外にアピールする、いわば軍の広報カメラマンだったが、徐々に兵士たちの表情を撮り始める。負傷兵を両脇に抱えて敗走する日本兵、塹壕に横たわる戦死者、戦傷者。出発直前の特攻隊員、特攻隊として出撃する息子に手を振る父親、など。晩年は一人になったが、写真を贈った特攻隊員の遺族に看取られてなくなったという。番組の中では「徐州作戦」では、麦畑に隠れた中国人の女性に乱暴したりした日本兵がいた、スパイとしてとらえた中国人女性をわざと逃がして、「逃亡」として撃ち殺した、などの証言があった。日本は中国でひどいことをした、と認めるのはつらいことだが、事実は歪めず受け入れなければならない。たとえば南京事件にしても、政治的に自分たちに都合よくねじ曲げたりするのはよくない。

IMGP5863.JPG

おや、日付が変わった。相変わらず雨。23時からNHK総合で「カンゴロンゴ」という新番組を見た。平幹二郎が出ている。この人の劇中のモノローグは圧巻。「青天白日」という言葉。太陽も、木も、花も、風も、静かな夜も、生きている限り享受できる、という感じの意味かな。ちなみにこの番組は朝日新聞のテレビ欄で批評されていて、その記事によると、「イタい」というのは「見ている方がつらい」という意味らしい。一生懸命やってはいるが下手な芸人みたいなもの。あるいは、インタビューされて、暗記した答えをしゃべる小学生。NHKBSの「週刊ブックレビュー」に楊逸が出ていたので見ていた。面白かった。読んでみよう。雨が降る。眠れぬおっさんは体重を心配しながらカステラを食べている。引き続きバッハの「ブランデンブルク協奏曲」の全曲放送が始まった。どこか外国で収録されたもののようだ。指揮者はクラウディオ・アバド、オーケストラ・モーツアルトという楽団の演奏。アバドとウィーン・フィルのブラームス交響曲全集のLPを持っていた。もう35年くらい前だ。アバドはすごく格好いい指揮者だったがやはり年をとった。

IMGP5898.JPG

ほろほろと雨降る夜よカステラを飲み込む時に喉冷たかり (nabesan)

俳句はこのごろ駄作ばかりなので、短歌にした。こっちも大したことはないけど。短歌を考えていたらブランデンブルク協奏曲の第一番が終わった。アバドがていねいにお辞儀をしている。やっぱり格好いいなあ。このように、私は生存していて、歩いたり、ネットでほぼ全裸の女性のライブ公開を眺めたり、新聞を読んだり、雨が降り出せば急いで車の窓を閉めにいったり、子猫が何かしでかせば被害の確認に行ったり、恋愛小説を読んだり、カステラを食べたり、マーラーを聞いたり、戦争について考えたり、そして何よりガンのせいで大腸が30センチ短くなったためにちょいちょいトイレに行ったり(そのため、2階のトイレットペーパーはすぐなくなる)、バッハを聞いたり、雨音を聞いたり、眠れなくなってもう一度薬を飲もうかどうしようか考え、このようなブログにお付き合い下さるみなさんをとても大切に思い・・・、まあ、私はきょうを生きたようなわけで。そういえば、このブログの文章には「まあ」が多いとネット友達に指摘された。

ブランデンブルク協奏曲は第三楽章に入り、チェンバロが加わった。よし! 寝るぞ。

| | コメント (0)

2008/10/03

ふるさとに清流ありて紅葉かな

きょうは9時近くまで眠ってしまった。ゆうべ眠れそうで眠れない時間が過ぎて、日付が変わってから薬の力で眠ったためである。レンドルミンとロヒプノールを一緒に飲むとなかなか目を覚ませない。朝食はバターロール1個、ジャム、マーガリン、牛乳。あまり食欲はなかったが、薬を飲むために食べた。歩きに行こうかと10時前に家を出たが、結局クラフトパークには行かず、きょうもガソリンスタンドで地方紙を読んで帰ってきた。今、このスタンドのガソリンは169円で、少し高めかなという程度。ただ、出光の純正ガソリンで、ガソリンに起因するトラブルはスタンドと天下の出光興産が保障してくれる、という看板が店先に掲示してある。ガソリンには「商社物」と言われるものがあって、そちらは安い。出光やシェルのローリーと同じ色だがマークは入っていないローリーがそれ。品質的には落ちるとスタンドの旦那は言っている。帰宅してネット友達と雑談。昼食はチャーハン。

午後から透析。本日の体重増加は2.7kgで、前回からの純増は1.7kgだった。増加が2.0kgを切るなんていつ以来だろう。恵子さんにも美奈さんにも褒められた。恵子さんは「すごいじゃないですか」と絶賛したあとですぐ「この土日が問題ですね」という。美奈さんは「ワタナベさんは金曜までにつじつまを合わせられる」と言っていた。たしかに、前回の透析後は薬を飲む水以外は缶コーヒーを1本飲んだだけだった。1週間のうち2日がんばるとだいたい体重のつじつまは合う。除水が4.0kg以下になったのは5回ぶり。

IMGP5837.JPG

透析中は主にテレビ。「ミヤネ屋」は大相撲の裁判の様子。週刊現代が大相撲の八百長を記事にしたのに対して相撲協会や力士が数億円の賠償を求めたのである。どうなるかわからないが、「大相撲」というものがあの記事を書いたライターには解っていないのではないか、という気がした。そもそも大相撲をスポーツと考えるのが間違いで、あれはどうみても日本の伝統芸能である。芸能であるから演出は必要であって、それを「八百長」と言ったら大相撲そのものが成り立たなくなるのではないか。ただ、その「演出」は力士同士の「呼吸」によってなされるべきで、お金が動くのは芳しくない。大相撲の「仕切り」というのは、言ってみれば「演出」をどうするか二人で協議する時間である。それは言葉ではなく、表情で行われる。相手がどういうスタイルの相撲が得意か、昔の力士は「けいこ」を通して熟知し、観客を盛り上げる努力をした。そういう「呼吸」があることを昔の観客は知っていて、うまい演出には拍手を惜しまなかったのである。昔、明武谷(みょうぶだに)という力士は吊り出しが得意だったので、相手は離れて突っ張り合う相撲にはせず四つに組んだ。岩風という力士は相手のふところにもぐる相撲専門だったので、相手はちゃんと岩風がもぐれるような立ち合いをしたものである。いわゆる若貴時代のころから、勝敗だけにこだわる相撲ファン増え、「呼吸」の妙が少なくなった。外国人力士が増えればなおのことである。まあ、講談社は明確な証拠を出せないだろうから、状況証拠を裁判官がどう評価するかであろう。私が裁判官だったら、どっちつかずの判決にするか、和解させようとするだろうが、講談社とライターに100万円くらいずつ出させて手打ちってことでどうだろう。日本の伝統芸能を単なるデブのスポーツにしてはいけない。

IMGP5764.JPG

それから、5日にNHKBSで「おーいニッポン、私の好きな栃木県」を放送するので、きょうは栃木関連の番組を放送していた。何度も書くが私は栃木県東部(茨城県に近い方)の出身である。那珂川のウグイ漁の様子、足利のぶどう、など。那珂川は旧馬頭町(現那珂川町)あたりの様子だったが、言葉が懐かしかった。石川啄木に、

ふるさとの訛りなつかし
停車場の人込みの中に
そを聞きに行く

というのがあって、教科書で習った。もしかしたら初めて接した現代短歌かも知れない。いま思いついたのだが、栃木県(最も場所や形をイメージしにくい県のひとつ)はほぼ県を東西に分かつように東北本線が通っており、その東西で言葉の訛りも変わると思う。足利市あたりは標準語に近い。

ふるさとに清流ありて紅葉かな (nabesan)

帰宅するとヒヨリとヒナ、そのパパが夕飯を食べに来ていた。ヒナが「見て見て、じーじを描いた」と紙を持って駆け寄ってきた。その絵を載せようとしたのだが、女房がどこかへしまってしまったので明日にでも。写真はきのう撮ったもの。文字だけじゃ寂しいし。

| | コメント (0)

2008/10/02

花蕎麦や日の翳りゆくとき白し

IMGP5842.JPG

きょうも8時まで寝ていた。本当は6時半頃目を覚ましたのだが、布団の中がホカホカと気持ちよくて起きないでいたらまた眠ってしまった。朝食は食パン1枚、マーガリン、牛乳、ゆうべの残りのシチュー。カレーとシチューと肉じゃがは材料が同じようだな。久しぶりの好天。秋らしい空の青。8時半頃から「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。約1時間歩いた。日差しはあるが、弱い風があって歩くにはちょうどいい日和だった。帰りガソリンスタンドに寄って11時頃帰宅。テレビで大リーグポストシーズン、ロサンゼルス-ボストンを見る。ボストンが逆転勝ち。松坂はあさって投げるようだ。朝日新聞はきょうのスポーツ欄で日本人大リーガーの評価を行っていて、「飛躍・松坂」「試練・福留」「順応・黒田、斎藤」「逆襲・岩村」「樹立・イチロー」「決断・野茂、桑田」と分けている。他の選手は成績の表にひとまとめ。全体に野手は苦戦で、やはり18連戦くらい平気でやる大リーグについてゆくのは大変なのだろう。その点、イチローは偉大だ。

IMG_4836.jpg

ごらんの通り、きょうあっちゃんは鈴付きの首輪をつけた。女の子らしくピンク色で、鈴も赤い。勘助の首輪も少し調整して余裕を大きくした。向こう側に見えるのは、寝そべってテレビを見ている女房の足。あっちゃんはだんだん私にも慣れてきたようで、抱いてあちこちなでてやるとじっとして、グルグル言っていることも多くなった。ただしお転婆は変わらず、きのうは急須を一つ割った。写真の勘助がいる方に台所があり、私が行って冷蔵庫を開けるのを待ちかまえている。昼食はご飯、焼き海苔、豆腐。

IMG_4827.jpg

夕方、ヒヨリとヒナたちが夕食を食べに来た。向かって左がヒヨリ、右がヒナ。私はきょうもヒヨリをヒナと呼んで訂正された。おにぎりと梨を食べ、キティちゃんのビデオを見て帰った。なお、ヒヨリとヒナが来ているときは、猫は部屋に閉じこめている。アレルギーの恐れがあるため。今は、なんでもかんでもアレルギーと言い過ぎるような気がする。

IMGP5858.JPG

花蕎麦や日の翳りゆくとき白し (nabesan)

夜、NHKBSで「スティング」を見ている。ポール・ニューマン追悼。見始めると熱中してしまう。

| | コメント (1)

2008/10/01

いちじくを母前掛けに包み来し

IMGP5796.JPG

きょうは8時まで寝ていた。ゆうべNHK総合の姜尚中と爆笑問題が出る番組を23時から見始めたが、始まってすぐテレビも蛍光灯も点けっぱなしで眠ってしまった。その後、たぶん5時半くらいだと思うが女房がそれらを消しに部屋に来たのはかすかに覚えている。だが、約9時間眠り続けた。きょうも曇りだが、気温は少し高いように感じた(それはそうだ、8時まで寝ていれば)。朝食は食パン1枚、マーガリン、紅茶。来週の月曜日に血液検査があるので牛乳と野菜類は控えめにしている。8時半ごろ、「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。少し体が重いような気がしたので45分で切り上げた。45分というと普通の人は4kmくらい歩くだろうが、私の場合は非常に歩くのが遅いし途中写真を撮ったりしているからせいぜい1.5km以下である。ほんのり体が温まった程度で、汗は出なかった。

IMGP5777.JPG

帰宅してしばらくネット友達と雑談。昼食は煮込みうどん。私は猫舌で煮込みうどんの熱いのは苦手である。午後から透析。本日の体重増加は4.5kgで、前回からの純増は2.8kgだった。1kg残した。金曜日にはドライウェイトに戻すというのが原則なので、ピンチ! あさってまで最大で2.5kg増加で抑えなければならない。穿刺はF先生で2本で済んだ。きょうは美奈さんが休みで、恵子さんが時々のぞきに来てくれた。別に話すこともなかったが、前回の血液検査でリンとカリウムがかろうじてだけれど合格点だったのでその話をした。両方が合格点というのはおそらく1年ぶりくらい。終わって、針を抜きに来た看護師のWさんと子どもの話をした。ヒヨリとヒナが生まれた年の4月に彼女も女の子を産んだ。やはり言葉が発達してしゃべりっぱなしで、お姉ちゃん(小2)をやりこめて泣かしたりしているそうだ。起きあがって枕カバーにしているタオルにいまや貴重な髪の毛が10本くらい抜けている。秋はいつも抜け毛が多い。私は父方は禿げる系統で、母方はそうではない。私と妹は母方で、兄と弟は父方。私は髪の毛の量はずいぶん減少したが、白髪は少ない。これも母方のおかげ。夕方のニュースは今夜が清原の引退試合だと騒いでいた。指名打者の4番だという。公式戦なのだから変な話で、せいぜい試合終盤に代打で出てヒットを打たせてもらう、くらいでいいと思う。最終打席に一二塁間のヒットというケースが多いのは、投手が外角高めに投げ、二塁手がベースに寄って間を開けてやるからである。清原は、特に30を過ぎてからは無駄にぶくぶく太り、全体に不潔感が漂って私は好きでなかった。ちゃんと自己管理が出来ている選手はあんなぶざまな肉体にはならない。イチローを見よ。マスコミなどが番長だの野武士だのとおだてるから引き際を逸した。そういえば、戦力外通告された選手のニュースがぼつぼつ出始めた。野口茂樹(現巨人、全盛は中日時代)や小関竜也(現横浜、全盛は西武)など。

IMGP5760.JPG

夕食は親子丼、おから(豆腐から)。私は子どもの頃、おからや卯の花ではなく「豆腐っかす」と呼んでいた。年中食べていたが、これは記憶にある母の味より女房の方がおいしい。私の実家は昔は豪農で、うちの屋号がそのまま地名(小字)になっていたくらいだが、私から見て曾祖父と祖父が浪費を重ねておちぶれ、父がダメを押した。それで、母はかなり経済的な苦労をしていたようだ。借金もあったように思うが、たぶんなんらかの手段で清算したのかも知れない。母の死後、息子たちが請求されたことはない。

いちじくを母前掛けに包み来し (nabesan)

けさ、隣家でいちじくをたくさんくれた。母はよくよその家で何かもらったとき、前掛け(エプロンではなく)で包んで帰ってきた。

IMGP5829.JPG

寝そべってテレビの大家族ものを見ている女房の上でのんびりするあっちゃん。額の「M」は同じだが、勘助より顔が細く、目が優しい。何かしたらしく「あっちゃん、め!」などと言われている。

| | コメント (4)

« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »