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2008/12/31

猫抱いて嫌がられている大晦日

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結局今朝は4時頃に寝直した。7時半頃起床。朝食はバターロール2個、マーガリン、温めた牛乳。8時半頃何日かぶりに 「富士川クラフトパーク」へ出掛けた。文字通り雲一つない冬空が広がっていて日も差しているが空気は冷たかった。 30分ほど歩いただけで帰宅した。午前中はだいたいゴロゴロしていた。昼食は食パン1枚、アップルジュース。

午後から透析。体重増加は1.9kgだった。純増は1.4kg。夢を見て目を覚ますなどしたために多くなった。 500gは損をしている。1日空きでこれくらいだと立派なのだけれど。穿刺は看護師のIさんで2本だった。除水が少ないと(といっても2. 5kgだが)透析も楽である。透析中はテレビを見たり眠ったりした。途中、美奈さんとIさんが来て、 おととい転んで作った擦り傷の様子を見てくれた。なんでも皮膚と同化してゆく薬を使っているそうで、回復は順調だそうだ。テレビ。 全国高校サッカー、山梨の韮崎高校は徳島商業に1-4で完敗。小澤征爾とベルリンフィルでチャイコフスキーの悲愴。

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19時前に帰宅。女房はアルバイトを頼まれたので、つゆを温め、そばと天ぷらとネギを入れて食べた。量が少し多かった。 年越しそばは年を越しながら食べる(つまり23時45分~0時15分くらい)という人もいるようだが、 私は子どもの時から夕食として食べている。実母は毎年けんちん汁を作ってそれでそばを食べた。なぜ年越しそばかは諸説あるようだが、 私は昔の金細工の職人が大晦日には作業場に散らばった金粉を練ったそば粉にくっつけて集めたという説を信じている。 大晦日に金を集めて年越しなんて威勢がいい。細く長くという説は、私のおばあさんが打ったそばが太く短かったので却下。 太く短くも格好はいいが、なんだが地方のヤクザの下っ端の啖呵みたいである。

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夜。例年通り19時20分から紅白歌合戦を20時まで(ポニョのあたり)見て、教育テレビの第9演奏会を見る。 スラットキンというアメリカ人の指揮者。その後クラシックの番組を見るともなく見ている。紅白は、まあわかんないしいいや。 同じわかんないならクラシックの方がいい。朝日新聞の国際面にはジンバブエのことが載っている。かなりひどい状況だとは聞いていたが、 こんなにとは思わなかった。「インフレ年2億3100万%」という見出しが踊っている。「パン1斤25億ジンバブエドル」とも。 まるで冗談だが、ムガベという84歳になる大統領がメチャメチャにしたらしい。 Jで始まる国も結構メチャクチャとは言わないがメチャくらいになっているし。世界はどうしたのだ。

あっちゃんは私の横で寝ている。勘助は下で女房と紅白を見ている。家の中にいる限りそれほど寒くはない。来年のことは分からない、 分かっているのは時間は途切れたり更新されたりしないということだ。私は長い長い平均台の上をふらりとよろめきながら歩いて行くだろう。 歩いているから前進しているとは言えないが、歩かなければ前進しない。

というわけで、来年が皆様にとっても私にとっても、ちったあ良い年になりますように。

猫抱いて嫌がられている大晦日 (nabesan)

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去年今年戻れるはずもない月日

怖い夢を見て目が覚めた。私の部屋の窓の外にに誰か小太りのおばさんがいてこちらを見てにやにやしている。 私の部屋にはまだ中学生の息子が一緒に寝ている。私は布団などあらゆるものを窓際に積んで視界を遮ろうとした。 そして女房を起こしに行こうとしたその時に、廊下に散らばっていた新聞紙がすすっと動いたのである。それが繰り返され、 やがて誰かの手が見えた。私は女房に110番するように叫んだが、女房の方はもたもたしている。 男は二階へ階段を登ってくるので私は上からファンヒーターを転がしたが彼は難なくよけて私の部屋に入ってくる。手にはなぜか「おろしがね」 となにか「すりこぎ棒」のようなものを持っていた。男は先頃亡くなった三浦和義に似ていた。私は「すりこぎ棒」 のようなものは奪い取ったが男が私の手を掴んでいるので反撃できない。男はにやにや笑っている。私は体が動かないし、叫び声も出せない。 息が苦しくなって目が覚めた。うっすらと汗ばんでいた。

この頃、睡眠が変である。頻繁に目を覚ます。おとといは何か叫び声を何度か上げて女房が飛んできた。 ゆうべもほぼ1時間置きに目が覚めた。どうしたのだろう。

右足が痛む。足の小指に痛みが生まれ、ふくらはぎに伝播する。それほど強い痛みではないが、おとといからずっとである。 足の痛みは通常、24時間ほどでほぼ治まるのだが今回は別。干しぶどう入りのバターロールを持ってきて1個食べた。 水は夕食後から500ml近くも飲んでしまった。きのう、臨時の透析をして3. 5kg除水してもらって体は非常に楽になったような気がしていたのだがこれでは元の黙阿弥である。心身が破綻に近づいているようで、 それが一番怖い。臨時の透析をしてもらったりすれば、病院や透析室のスタッフにも負担がかかるし、なんとか立て直さないといけない。 私はある人のブログのコメントに、「がんばるな、投げ出すな」というようなことを書いた。それはそのまま私自身に言い聞かせる言葉でもある。 あきらめてはならぬ、だが、決して戻れない道をふらふら歩いてきて、今は何もない原野に着いてしまって途方に暮れている感じもする。 なんとかしなければならない、日暮れは間近だ。だが何をすればいいのか。

閉じこめてある猫たちが「出してくれ」と戸をがたがたさせている。3時半になるところで、 24時間で一番気温が下がる時間帯だろうがそれほど寒くはない。窓を見てもいつもと変わらない。それはそうだ、 曇りガラスなのだから外から中も、中から外も見えるはずがない。

去年今年戻れるはずもない月日 (nabesan)

去年今年(こぞことし)は本来新年の季語。

病めばただけむりのごとき去年今年 (能村登四郎)
燃ゆる火にひしめく闇も去年今年 (木下夕爾)

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2008/12/29

体調不良

少し体調が良くないので、明日までブログは休みます。明日も体重を調整するための透析に行く予定です。 きょうは家を出たところで転倒するなど、どうも足許がおぼつきません。では、厳寒の折から皆様にもご自愛を。

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2008/12/27

どっしりとそこにいるなり暮の富士

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どっしりとそこにいるなり暮の富士 (nabesan)

きょうの富士山。朝霧高原から。標高が1000メートルくらいあるのでさすがに寒かった。きょうは、 4時頃に勘助とあっちゃんに起こされたが、そのあとなんとか眠り7時45分頃起きた。朝食はご飯、焼き魚、蜜柑1個。9時頃、 おじいさんをデイサービスに送り、富士山の方へ出掛けた。本栖湖へ着いたらかなり本格的な装備で写真を撮っている人がいたので、 わざとらしくその隣で自動的に露出を1段ずつ±して3回シャッターを切る仕掛けを使ってバシャバシャバシャと撮った。そうは言っても、 このブログではたいてい本栖湖の富士なので、きょうは朝霧高原からのにした。ご覧のとおり晴天。昼食はうどん(コンビニ)。 午前中の飲水は350mlくらいと思われる。多いなあ。1日500mlの飲水制限は、 実感として薬を飲むとき以外飲み物としての水分を摂れないように思われる。それでも昼食から夕食まででは、 ヤクルト1本と氷1個で済んだので100ml。きょうはどうにか700mlくらいで済むかも知れない。

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町道1本挟んでうちの隣にある八幡さま。午後、少し眠った。水を飲まないためには眠っているのが一番である。 一滴も水を飲まないでいいのか、というと私のように本格的腎不全の人は飲まなくていいのである。ただし、普通にご飯を食べていればの話。 要するに、ご飯とおかずを食べていればそれらに含まれる水分で足りる。それならそうすればいいと思うだろうが、 私はなにしろ冷たい飲み物が大好きなのである。それに、食べ物も味が強いものが好きなので、どうし ても喉が渇きやすく、 飲んでしまうというわけだ。

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うちの門口に咲いている花。この前ホームセンターで買ってきた。午後は一眠りしたあとで、猫たちの部屋を片づけた。 猫砂に埋もれているうんちの始末、掃き掃除。勘助の首輪はどうも外れやすくなっていたので、お正月だしということで新しくした。

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今(18時15分)はこのような格好で私の横で寝ている。ホットカーペットのポカポカと空気の冷たさがちょうどいいのだろうか、 「二人」とも熟睡。ちなみに、ファンヒーターに出ている室温は11度である。 

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これはコタツの中にコンパクトカメラを入れて撮った。手前があっちゃんである。夜はこれから長い、水を飲まずにいられるか、 余分に食べないでいられるか。当面の目標は31日の透析でドライウェイトに戻ることである。まあ、 戻ったからって状況が変化するわけではないが、もしかしたら達成感はあるかも知れない。 

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2008/12/26

誰かいる冬日差し込む四阿に

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雪に見舞われた地方の方にはお見舞い申し上げる。テレビのニュースでは、山形、弘前、札幌とブログ友達関連の町の様子を見た。ここ、 山梨県の峡南と呼ばれる地方は空気は冷たかったもののご覧の通りの青空が広がっていた。きょうは6時頃目を覚ました。 勘助は私の右手をにあごを乗せ、あっちゃんは足の方の布団の上で丸くなっていた。 女房が動き出して彼らがそちらへ行くまでしばらくじっとしていた。まだ日が山の上に出てくる前だったが、それほど強烈な寒さは感じなかった。 障子を貼り替えたからだろう。ファンヒーターの温度計は室温を9度と示していた。 ゆうべ夜中に菓子パンを食べてしまってお腹がすいていなかったので、朝食は摂らず薬だけを飲んだ。7時45分頃家を出て 「富士川クラフトパーク」へ出掛けた。冬至を過ぎて日が当たってくる時間が少し早くなった。米粒3つ分日が延びたのだ。 きょうは最初に上り坂を歩き、それから下るコースで1時間歩いた。

誰かいる冬日差し込む四阿に (nabesan)

帰宅してしばらくネット友達と雑談。昼食はご飯、焼き魚、キムチ、豆腐。豆腐は半丁くらいの大きさを3個パックで売っているもの1個。

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午後から透析。体重は呆然とするくらい増えていた。どうしても夜に飲み過ぎ、食べ過ぎる。 以前はどうにかでも金曜日には辻褄を合わせられたのにどうしたことだ。穿刺は看護師のSさんで2本だった。 透析中はテレビを見たりウトウトしたりして過ごした。NHKBSで宝塚の中継をやっていた。これのどこがいいのか私には分からない。 アップになったときの強烈な厚化粧と、背中に羽根を付けた珍妙な格好。美奈さんは休みで、途中、恵子さんと少し話をした。 かくして私は帰宅後貼り紙をした。最初ボールペンで書いたのだがいまいち迫力がないので、女房の部屋から筆ペンを持ってきたのだが、 やはり迫力に欠ける。その筆ペンは香典袋に書くための薄墨の筆ペンだったという。それにしても下手で、 しかも下に来るに従って文字が小さくなる。こういうのを尻すぼみというのだろう。夕食はカレー、焼き魚、ハム。

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すみません、杉です。見たところ春先から杉花粉は多そう。私は幸い花粉症ではありません。この辺は杉花粉の発生地のど真ん中だが、 花粉症の人は少ないように思う。 

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取っ組み合いをする勘助(上)とあっちゃん(下)。彼らはおおむね仲がいいが、時々取っ組み合いをして転げ回る。 左側に見えるのは勘助の後ろ足と思われる。取っ組み合いは、あっちゃんが仕掛けるのだがだいたい勘助が勝つ。 それはフィジカル面で勘助とあっちゃんには差があるからで、ガンバ大阪とマンチェスターUのサッカーみたいなものである。  

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勘助の首輪がゆうべ取れてしまったが、部屋にあったようだ。ゆるめてあるし、首輪そのものも安全のためにすぐ外れるようになっている。 「アイス食べる?」と女房が言う。井村屋製菓株式会社製の「メガトンパフェ」という内容量500mlに及ぶアイスで、 彼女は一人で食べるつもりだったようだが3分の2まででギブアップしららしい。150ml分食べた。 ちなみにスプーンはカレーを食べる時のでかいのを使用した。ドリフターズを見ている。

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台車に乗った門松。まあ、確かに片づけ易い。クラフトパークにある「富士川ふるさと工芸館」で、こんな手抜きをするから人が来ない。 こういったものは地面に接してなんぼだろうと思うけれど。

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2008/12/25

飯島愛斃れていたる聖夜かな

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飯島愛斃れていたる聖夜かな (nabesan)

きのうは透析から帰ってからの疲労感が強くて、夕食を食べたあと横になってTBSの東条英機を見始めたのだが、 ドラマの部分になる前に眠ってしまった。23時半頃、勘助とあっちゃんが私の体の上で取っ組み合いを始めたので目が覚めた。 それからなかなか寝直せなかった。飯島愛追悼ということで、彼女の出演AV流出版(そんなのも持っている)を見た。 「愛はこれからも一生懸命がんばりますから応援してね」と、ずっと若い(というか幼い)彼女はAVの中で言っている。彼女は、 自らを恃んで道を開き、その道を歩き続けていると思っていた人々の視野から不意に消えた。さすがは「飯島愛」である。

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7時45分に起床。朝食はチャーハン。きのうの昼に半分食べたものを冷蔵庫に入れておいたので残りを食べた。8時過ぎ、 「富士川クラフトパーク」へ言った。写真は入り口にある、なんというか、看板? モチノキらしい。後ろに見える丸い建物は公演の中心施設 「富士川ふるさと工芸館」。日は差し込んだり翳ったりしている。それこそ誰もいない公園を歩きながら、 もしも透析がなくてお金が十分にあって後顧の憂いがないとしたら、気ままな一人旅でもしたいものだと考えた。とりあえず、 心持ちは漂泊ということにする。歩いて行く気力はないからナビ付きの車で行くし、まして神社の軒下あたりに寝る勇気はないから、 ビジネスホテルにでも泊まるので、あくまで心持ちの漂泊。そうして日本一周でもするか。だが待てよ、「日本一周」をどのように定義しようか?  ただ単に北海道から沖縄までの観光名所を回るというのは少し定義としては甘すぎる。すべての都道府県を回る、というのでもちょっと甘い。 そんなのは達成している人がゴマンといるだろう。それなら、すべての市区町村を回るというのはどうだ。 証拠として市区役所や町村役場の写真を撮る。これなら結構いいな。まてよ、「証拠写真」を撮ることにしたら、 それは漂泊とはいえないんじゃない? いや、問題は心持ちだからいいか。というようなことをぐるぐる考えているうちに1時間歩き終えた。

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帰宅して、大掃除をすることになった。「あんたね、自分の部屋だけはなんとかしてよね」と言う人がいるからである。とりあえず、 こたつをはずして廊下へ出し、さらにこたつ布団や毛布類を窓から屋根に干した。 こたつを外したらホットカーペットの上はすごいことになっていた。現金106円発見。うちの「埋蔵金」。

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で、まあ、大きなゴミは手で拾い、そのあとでスイッチを最強にした掃除機をかけた。きれいになったので、 おれだってやるときはやるんだと、女房に威張って見せた。で、その勢いで家中の蛍光灯の傘を水洗いした。1年分働いたぜ。昼食は、ご飯、 豚肉を炒めたもの、きゅうりの漬け物。午後、ネット友達と少し雑談。そのあとガソリンスタンドへ行く。118円。スタンドの主は、「経済人」 として、日本がまた「デフレスパイラル」に陥るのではないかと懸念していた。それから、 雨がポツポツしてきたので一度家に戻って洗濯物を取り込んだ。雨は強くはならなかった。そのあと、床屋さんに行った。 非常に短い時間で済んだのは、もう四半世紀この床屋に行っているからであって、髪が少なくなったからではない。3500円。 この前より200円下がった。このあたりでも、1575円の床屋さんの影響はある。

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夕食はチャーハン、麻婆豆腐。今はサッカー天皇杯、ガンバ大阪-名古屋の試合を見ている。ガンバ強し。 あっちゃんは私の横で目をつむっていて、勘助はこたつの中にいる。 

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2008/12/23

暖かきかなや天皇誕生日

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きょうは8時頃起床した。ゆうべはブログを更新したあとすぐ眠り、途中猫たちにも邪魔されないでよく眠れた。朝食はいなり寿司5個。 8時半頃家を出て「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。太陽のある方角に雲が多く日が差したり翳ったりを繰り返していた。1時間歩いた。 途中でタヌキを見て写真も撮ったがあまりよくないのでボツ。で、上の写真は梅。大丈夫、春は来る。昼食はカップラーメン。 昼からしばらくネット友達と雑談。

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午後、ゴロゴロしてネットでAVを見たりする。 向かって左が勘助、右があっちゃん。 あっちゃんの首筋に伸びているのは勘助の尻尾。15時30分からヒヨリとヒナが来た。息子が何か仕事があるようで、 私が一人で彼女たちを1時間半見た。二人とも機嫌良く遊び、それほど手はかからなかった。こういうときは双子はいい。夕食は、ご飯、 コロッケ。

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これは冬季休業中の噴水。 夜、ぼんやりテレビを見る。日テレ系の報道スペシャル。偽装表示の問題で、 取材の結果を警察に通報したそうだ。報道機関ではなく警察の犬に成り下がったか日本テレビ。というわけで、 無気力で大したことはしなかった1日だった。

暖かきかなや天皇誕生日 (nabesan)

何度か書いたが、私は今上天皇と皇后が嫌いではない。それは皇太子時代からの平和や戦没者への祈りの姿を何度も見てきたからだろう。 昭和天皇の息子夫婦としてはとてもつらいことではなかったかと思う。まあ、現皇太子ももっと仕事を変わってやればいい。まるで、 大店のあとをついだ若旦那みたいな感じがしてならぬ。私は今上天皇を「見た」ことはないが、皇太子ならある。案外小さいなと感じたが、 すばらしく姿勢がいいなとも思った。

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2008/12/22

年の瀬や白木みのるは健在だ

きのうは更新を休みました。夕方からクラブワールドカップの3位決定戦と決勝戦をテレビで見て、 N響アワーにチャンネルを回したらファゴット協奏曲という珍しいのを流していたのでそれを見ているうちに眠ってしまった。けさ、8時頃まで、 1時間半から2時間おきに目を覚まして、寝たんだかどうだったんだかわかりにくかった。夜は雨が降っていたような気がする。

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朝食にコンビニ弁当(カレーピラフとチキンカツとスパゲティ)を食べ、 それから歩きに行こうかと思ったがどうも体調が良くないので中止。この数日歩き過ぎたかも知れないし、 体重が増えすぎていたからかも知れない。午前中はネット友達と雑談して過ごす。昼食は食パン2枚、マーガリン、紅茶。

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向かって左がヒナ、右がヒヨリ。ヒナはぐずって泣いたあと。

午後から透析。体重増加は5.9kgで唖然。純増は5.1kgだった。変な言い方だが泥沼の体重地獄でもがいているような有様。 本気で頑張ろう、と固く誓う私であった。穿刺はF先生だった。2本で済んだ。透析中は合計で1時間半くらい眠った。 あとは苦しい透析になった。それはそうで、4.5kgも除水するのが良くない。それでも1.8kg持ち越しとなった。苦しい、というのは、 一つには右足のかかとに痛みが出てきたことで、こちらはそんなにひどいことにならなかった。もう一つの苦痛は、 ブログには初めて書くことだが、下腹部の痺れである。これはずっと前からで、 トイレに行きたいような感覚がしばしば襲ってきては下半身全体に広がって、一気に血圧が上がる。 これが来たときは少し動けば緩和されるのだが、透析中は動く訳にいかぬ。透析の後半にはひっきりなしに来るので、時々起きあがる。 肉体的な苦痛の中ではこれが一番嫌で、痛みはそのうち治まるものだが、こちらは毎日ずっとである。 きょうはあまりにそれがひどいので美奈さんにカロナール(痛み止め)をもらって飲んだ。時々効くことがある。

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19時帰宅。NHK総合で間もなく閉館する新宿コマ劇場の特集をやっているので見ている。スターというものはたくさんいるものだ。 演歌が多いが、私が一曲選ぶとすれば「哀しみ本線日本海」とか「越冬つばめ」あたり。どっちも森昌子か。すべての歌謡曲で一曲となれば、 三浦洸一の「踊子」。美空ひばりの「悲しい酒」の映像が出て、涙を流していたが歌は崩れないのはさすがである。白木みのるもちらっと映った。 北島三郎の公演にずっと出ていたらしい。白木といえば「てなもんや三度笠」だが、身延参りに行くという話があった。三遊亭圓朝の「鰍沢」 という落語をもじった話だったと思う。

年の瀬や白木みのるは健在だ (nabesan)

人名俳句第3弾(笑)。コメントをいただいているのに返信しないですみません。明日書きますね。写真はきのうのです。

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2008/12/20

冬の空筑紫哲也はすでになく

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(サザンカ)

けさは8時まで寝ていた。ゆうべは1時半になったのは覚えているのでだいたい6時間半は眠った勘定。途中、 あちゃんと勘助が来て私の顔のすぐ横でくっついて寝ており、その時は、ああ、「二人」とも来てるなくらいで、私も眠っていたのだけれど、 たぶん勘助が動いたせいなのだろうが、あっちゃんがベッドから落ちた。「ぎゃん」と言った。この場合は「にゃん」に近い「ぎゃん」だが、 それで一度はっきり目を覚まして起きあがった。ただ、薬のせいか朦朧感があり、 立って歩くのは危険と判断してまた横になったら割合すぐ寝直せた。起きたときには、もう太陽は向かい側の上にあって、 明るい日差しがプラスチック障子紙を通して部屋に到達していた。眠くなるまで起きていて、日が高々とする頃にのそのそ起き出すなんて、 なんと素敵な生活でしょうね。ゆうべの足や首筋の痛みは消えていた。痛みが出ないようにするには、足ばかりではなく、 体全体を冷たくしないことが肝要。

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朝食は、コンビニのお好み焼き。8時半ごろ家を出て「富士川クラフトパーク」へ行った。 土手に散り敷いた茶色の落葉がきらきら光っている。大気は暖まりはじめ、芝生を踏むと、霜が溶けたばかりなので「ぐじゅっ」 というような音がする。アンズの芽が赤らんでいる。きょうは好調で1時間45分歩き回った。

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11時に帰宅。勘助とあっちゃんを部屋から出した。「さあさ、お留守番したんだから、煮干しをちょうだい」 と勘助は先に立って階下へ行く。あっちゃんは窓枠に前脚をついて、なにやら外の様子を見ていていた。昼食はヤマザキバターロール2個、 マーガリン、ジャム、紅茶。お湯がなかったので、カップに水とティーバックを入れ、電子レンジに1分半入れたら、 ものすごく濃い紅茶が出来上がった。牛乳でやってもいいかも知れない。午後気が向いて富士山を見に行った。

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(きょう午後の富士山。手前は本栖湖) 

プロとかセミプロとかハイエンドアマとかの写真家は普通こういう写真は撮らない。彼らは富士山の周りに朝焼け雲や太陽などを求めるが、 私は、富士山はそれ自体が十分美しい山だと思うのでこういうシンプルなのが好きである。ご覧の通り、雲ひとつない。 ここは標高1000mくらいだが気温は9度だった(道路沿いの温度計)。16時頃帰宅。

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写真を撮るときはこんな感じに左手で何かにつかまり右手だけでカメラを構える。あとは、 体全体を何かに寄りかからせるかしゃがむかである。一眼レフだがとても軽いので片手で撮れる。着ているウィンドブレーカーは、 コメリで597円だった。夕食は、コンビニの幕の内弁当。夜、黒糖コーン(日清シスコ株式会社製)を一袋食べてしまった。  

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冬の空筑紫哲也はすでになく (nabesan)

人名シリーズが始まるかな? 

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2008/12/19

冬の夜や美川憲一歌が下手

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今日は6時半頃起床。ゆうべ私が寝たときには勘助もあっちゃんも私の部屋にいて、くっついて寝ていたのだが、 夜中に私のベッドに上がってきたかどうかは定かではない。つまり、6時間半は熟睡できたということだろう。空には雲が多いが、 その雲は豆腐を手でちぎったような、不規則な形の雲が多いと言うことで、全面的に雲に覆われていたわけではない。 朝食はゆうべの残りのうどん。7時半頃家を出て「富士川クラフトパーク」へ行った。太陽は山の上に登っているのだが、 雲が邪魔をして地上へ光も暖かさも届かない。15枚ほど写真を撮ったらカメラの電池がなくなった。ちょうど売店の人が出勤してきたので、 電池はないかと聞いてみたら「電池は置いていません。下のコンビニに行って下さい」という返事だった。本来、客が求める、 売店では置いていそうな品物がないのだから謝るのが筋で、どこへ行って電池を買うかはこっちの自由。いろいろな観光施設に行ったが、 単三電池を置いていなかったのは初めてである。もともとこの公園にある施設は公営(山梨県公園公社)だから、 そこにいる人はいるだけで給料がもらえる。なんとか売り上げを増やそうとか人を呼ぼうとか考える必要はない。  仕方がないので一度コンビニへ行き合計すると1時間半歩いた。さすがに脚が張った。

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帰宅してテレビ。ショスタコービッチの第9番に間に合った。この曲は好き。入浴、昼食。チャーハン。午後から透析。体重増加は4. 9kg。800g残して週末。透析中は1時間眠り、『東京飄然』(町田康、中央公論社)を数十ページ読む。この本は面白い。 町田は猫物を2冊読んだことがあるばかりだった。やはり透析中に本を読むのは難しい。あとはテレビ、 コロッケがオーケストラをバックに松山千春の「大空と大地の中で」をモノマネではなく熱唱していた。本物よりいいじゃん。途中、 美奈さんが来てしばらく話をした。最近、このブログにいろいろ書いているので心配してくれたということ。 バイオリズムの曲線が底に来ているだけだと答弁した。そういえば、誰かと20分話すなんてことはここのところなかったので嬉しかった。

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これはハナミズキ。19時帰宅。勘助は下駄箱の上、あっちゃんは女房に無理矢理抱かれて迎えてくれた。夕食はご飯、麻婆豆腐、 シチュー、大根おろし。シチューの皿を下に落としてしまった。またしても脚が痛み出した。右の親指の付け根。やれやれ。 あまり強い痛みではない。そんなわけで、冷蔵庫にチーズケーキがあったので食べ始めた。飲み物は氷を入れた水。 私は基本的に冷たい飲み物が好き。真冬でも缶コーヒーは冷たいのを選ぶ。テレビ。「BS日本の歌」。今は石原詢子が「哀愁波止場」 を歌っている。島倉千代子「本気かしら」。島倉千代子ほど見事にイメージが変わらない歌手はいない。私の実母は彼女が好きでよく歌っていた。 声が似ていたのである。さあ、今夜は足も痛いし、思いつくまま何か書こうと思う。

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冬の夜や美川憲一歌が下手 (nabesan)

ピンキーとキラーズが歌っている。今陽子は生で見たことがある。まだ23歳の頃の赤旗祭。 女房が下へ行ってチーズケーキの残りの1個を持ってきた模様。 菅原洋一「今日でお別れ」。タキシードを着ている。あれれ、 首筋も痛くなってきた。なんてこった。どうなってるんだ、とぶつぶつ言っても、痛くなってるんだと自答するばかり。薬を飲んだ。 レンドルミン、ロヒプノール、ロキソニン。眠れればみっけもん。

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2008/12/18

膝に来てほんのり重き冬の猫

おととい「冬木立の中へ一人で入っていく」という、山頭火の模倣ないし盗作と言われても仕方がない俳句を作ったら、 きのうは本当に冬の林の中を一人さまよう、というような日になった。だいたい、朝から本格的な雨というのも気が滅入るし、 その冷たい雨の中を朝からCTを撮りに病院へ行ったら造影剤の注射を失敗されるし、 帰りに病院の自動販売機で売っているコーヒーを飲もうとしたら持っていたお金が105円しかないし、 待合室では最も会いたくない人ランキング1位と2位の人に会ってしまった。塩でもまかなきゃと思いながら帰宅したら、今度は足が痛む。 右足の指の裏側という変な場所が、ちくちく痛むというか、ビリビリ鋭く痺れる。ロキソニンを飲む。まあ、 当てにもしていなかったがやっぱり効かなかった。かくして透析に行ったが、なにしろ冬木立の中を、 それも冷たい雨の降る中をさまよってきたのだから、あまり口もききたくなかった。足の痛みを騙すだけで手一杯。どっちみち、 誰かが話しかけてきても体重が増えすぎます、これでは体がだめになります、くらいの話しかしないだろうし、そんな話ならしたくもない。 というわけで透析中はあまり口をきかずにいた、というわけだ。家に帰ったら、コンビニ弁当がどんと置いてある。もそもそ食べる。 部屋に戻ってサッカー。後半になって少し眠ってしまった。一度22時に起きて、「その時歴史が動いた」を見た。 痛みは残っており集中できなかった。そのあと『東京飄然』(町田康、中央公論社)を眠くなるまで読んで寝た。 明け方勘助とあっちゃんがベッドに来た。勘助を左手で、あっちゃんを右手で抱くようにして寝ていた。

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7時半頃起きたら、さっき雨がやんだばかりという感じで、空気が冷たく湿っている。ゆうべ寝る前にヤマザキの「パンdeシュー (イチゴ&ホイップ)」というのを食べたので腹も減っていないから朝食はパス。女房は具合が悪いらしく寝ている。私は 「富士川クラフトパーク」へ歩きに行った。40分歩いた。帰ってきて、少し腹が減ったので日本そばを食べる。これもコンビニのもの。 もう汁も入っていて、電子レンジに4分かけるとあっという間に天ぷらそばというもの。テーブルにあった香辛料を全部かけてみる。七味唐辛子、 胡椒、山椒、ラー油。体がちくちくする感じに熱くなって汗ばみ、そのあと冷えた。

11時頃から晴れてきた。日が差してきたと思うとずんずん青空が広がってきてたちまちいい天気。 現金なもので足にずっと続いていた違和感、つまり、痛くはないんだけれど、 痛くなるぞ痛くなるぞとずっと脅迫されているような感じもなくなった。車に乗って出掛けた。図書館へ行くつもりだったが止した。 銀行へ寄ってちょっと入金した。インターネットの接続料など。それから久しぶりに車を無駄に走らせた。 来年の3月にあいちゃんが男の子を出産する予定の産科医院の場所をチェックした。富士山がきれいに見えたが、 カメラを持って行くのを忘れていた。もともと家を出るときには富士山が見える方まで行く気はなかったのだから仕方がない。 16時に帰宅したら女房はいない。どれ、洗濯物を取り込むかと思ったが、まだ湿っぽいので止した。

最近は特に投げやりになってきて、飲み食いにしても煙草にしても睡眠にしても、それほど気を使わなくなった。まあ、 いろいろ神経質になって、腎不全の人はどのような生活をすべきか書いてある本の通りにすれば、それはまあ長生きするだろうが、さて、 私の長生きに何か意義があるだろうかと考えるとガックリきてしまう。私、今は世間様のお役に立っていないどころか、 年間500万円近い公費を使うお荷物に過ぎぬ。そう思う一方で、何のかんの言っても35年も労働してきたのだから、 ゆっくりしてもいいじゃない? という考えもないではない。35年間に「搾取」された分を今返してもらっているだけだ、という考え。 なんて素敵で、楽ちんな考え方だろう。この前も書いたけれど私は時々「生きているのは素敵だ」ということをタイピングする。それはおそらく、 自分の存在をせめて、x軸の上の方に(つまり第一象限に)置こうとしているのだろう。うーん、自分で読み返してもよくわからんなあ。まあ、 いいか。

というわけで、夕飯に煮込みうどんを食べ、夜はサッカーを見ていた。いやいや派手な試合。5-3でマンチェスターUの勝ち。 両チームとも前へ前へのチームだから後ろの方が空くのは当たり前。ガンバが6点取って勝つ可能性もあった試合。 こんな試合をするチームが国内リーグでは7位なんだからJリーグをなめちゃいけない。牛乳を温めて砂糖を入れて飲む。 甘くて温かい牛乳というのはなんとまあ贅沢な感じがするものだ。体が痒い。これはリンを摂りすぎているためだ。わかっていて、 さっき少しハムを切って食べた。ハムのような加工食品とか牛乳とかにはリンが多い。

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あっちゃん。今は私の横で丸くなっている。勘助。こたつの中で寝ている。私。時々あっちゃんの背中を撫でたり、 勘助を蹴飛ばしたりしながら「きよしとこの夜」を見ていた。上記の通り、意欲の減退が著しいきょうこの頃である。

膝に来てほんのり重き冬の猫 (nabesan)

「冬の猫」なんて言葉が有りかどうかはわかんないです。

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2008/12/16

冬木立の中に一人で入っていく

きのうは体重が5.6kgも増えていて、透析中は恵子さんにも美奈さんにも教育的指導、または教育的脅迫、または教育的議論を受けて、 やや気が滅入って帰宅したところが、親戚から荷物が二つ届いていて女房からお礼の電話をしておいてよね、 と箱の上から破った伝票を部屋と電話の子機を私の部屋に投げ込まれるに及んで、私の心はささくれてしまって、 20時過ぎにはもうふて寝してしまった。レンドルミンとロヒプノールを両方飲んだので寝付きは良くて、 途中猫たちが来たのはかすかに覚えているけれど、それでも8時まで寝ていた。睡眠時間およそ11時間半。

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なんでまあ、こんな細かいことに腹を立てるのかわからぬ。この年齢になれば、聞きたくない話をされても鷹揚に対応し、 女房の言うことをこまめに聞いて、稼ぎはないけれど言うことは聞く良い夫を演じれば私の四方5メートルは平和だ。 そんなことはわかっているのだが、どうしても小さな腹立ちはささくれとなり、さらに大波となる。おまけに足は痛いし、頭も痛いし、 体は冷たいし、何もかも思うようにはゆかぬ。特に、どう考えても相手の言っていることの方が正論だと分かっている時はつらいと言うほかない。

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かくして、きょうも朝食を摂らず、起きてまもなく「富士川クラフトパーク」へ出掛けて1時間半歩いてきた。 特にけさのように冷え冷えしているような公園では、ゆらりゆらり、ふらりふらりと歩いていても、 ちらと私の足許を見てあわてて目を逸らす人にも会わずに済む。私は自由だ。自由とは何か。つまりは誰にも何にも妨げられずに歩くこと、 空想すること、しゃがみこんで朝日に透き通る葉のグラデーションを観察すること、秋と冬の青空の違い、 とりわけ光の質の違いについて考察すること。冬を越して、また桜の季節になったらクラフトパークに通い出して1年になるから、 この公園の四季をまとめた写真のHPでも作ろうかなどと想像しながら歩いていた。

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(霜柱。シモバシラという植物もあるそうだ)

「心不全で死ぬときは、つらいですよ、苦しいですよ」と、きのう恵子さんが言っていた。私とて、 これまで肉体的な苦痛はいろいろ味わってきているのだから別にどうということはなかった。穏やかに生き、穏やかに死ぬか、苦しみながら生き、 苦しみにのたうち回って死ぬかは所詮私の問題だ。どのような生き死にが理想かは自分で考えなければならぬ。あるいはどっちみち生きていて、 どっちみち死ぬのであって、「本人」は第三者としてその様子を観察しているだけなのだろう。「観察」とは見ていることだから、 肉体に対してあるいは精神に対して助言したりは出来ない。ただ論評はできる。煙草はいけませんよ、 看護師や女房の言うことは聞かなきゃなりませんよ、缶珈琲を1日3本も飲むのはまずいですよ、普通にご飯を食べた後「お米の蒸しパン」 なんか食べるなんてもってのほかですよ、まったくその通り。でも知らん顔する体と心。

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久々に俳句。

冬木立の中に一人で入っていく (nabesan)

というわけで、今は16時。女房がバイト先から帰ってきた。電話が鳴った。こういう変な時間帯の電話はたいてい息子からで 「ヒヨリとヒナを迎えに行って」ということだった。電話の後、「はいはい、あっちゃんもかんちゅけもお利口ちゃんでちたか」という女房の、 文字通り猫なで声。この集落は日が翳ったが、向かい側の山(つまり東側)の中腹には、西に回った日差しが残っている。 きのうの朝はその山も頂の方が白くなっていたのだけれど、今は何もない。空は夕刻の水色。テレビの番組表。何も面白そうなのはないなあ。 と思ったら「ぴったんこカンカン」のゲストが吉行和子と冨士眞奈美らしい。見なければ。

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16時半ごろヒヨリとヒナを迎えに行く。夕食の時、切った竹輪が1個皿に残った。どうするか見ていたら、ヒナが「食べなよ」 とヒヨリの口まで持って行った。ふたりとも論理的というか、いつ、だれが、どこで、何をしたか、その結果どうなったかを話すようになった。 私はカレーを食べた。

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2008/12/14

すこし不調です

きのうは午後から足が痛み始めて、とにかくロキソニンを2錠飲んで早く寝たので更新できなかった。まあ、 月に3回くらいは休みの日があるかも知れない。きのうはどんな日だったかというと、いつもと大した違いがない。 9時におじいさんをデイサービスに送り、それから家を出てガソリンスタンドに寄ってしばらく雑談した。124円。10時半頃から 「富士川クラフトパーク」で45分歩いた。だいたい1時間と思って駐車場に戻ったら45分しか経っていなかった。歩き始めて9ヶ月経って、 少しスピードが上がったと思う。そうは言っても、私の足ではだいたい45分で2.5kmくらいだろう。午後からヒヨリとヒナが来ていた。

きょうは6時半頃起床。足の痛みは軽くなっていた。朝食は食パン2枚、ジャム、マーガリン、牛乳。 8時15分に出掛けて保育園のお遊戯会。総合文化会館のホールで行われる。ヒヨリとヒナの出番は18のプログラムのうちの15番目。 「可愛い姫ちゃん」というので、ピンクの着物(ゆかた)を来て、ちゃんと踊っていたのでほっとした。 去年は初めてのお遊戯会ということもあって、舞台に出てきても何もしないでぺたっと座ったままだったので、大きな進歩だった。昼食は、 あいちゃんの両親、おばあちゃん、あいちゃんの妹さんたちと一緒に食べた。私は鍋焼きうどんを頼んだが、うっかり鉄製の鍋に触って右の指先、 人差し指、中指、薬指に軽いやけどをした。今はタイピングしていても何ともない。ヒヨリとヒナ、特にヒヨリは、あいちゃんの妹さん (エリちゃん)のそばを離れない。

14時帰宅。テレビを点けたらホッケー男子の日本選手権決勝に山梨学院大が出ていたので横になって見ていた。 もうすぐ終わりというころ(3-1で負けていた)で眠ってしまった。2時間熟睡。夕食はインスタントラーメン、パン。サッカー、 クラブワールドカップ、ガンバ大阪-アデレードU。前半の1点をどうにか守りきったガンバが勝った。次、マンチェスターUとやるので楽しみ。 きのうきょう、飲み過ぎ、食べ過ぎ。22時から、ETV特集・加藤周一のインタビュー。プラハの春のこと。40年前と現代は似ているのだ、 「閉塞感」という点で。まあ、ちょいと不調ですが、この程度の体調不良はよくあることです。

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2008/12/12

外科の外来、他

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きょうは6時前に起床。ゆうべテレビでサッカーを見ながら、かなり21時前には眠ってしまった。途中、 たぶん23時頃に一度目を覚ましたが、テレビと灯りを消してすぐまた眠れた。勘助とあっちゃんは女房が部屋へ閉じこめたようだが、 夜中に騒ぐこともなかったようで熟睡。まあ、3時頃に来られても迷惑だが、来なければ来ないで物足りない。 それが猫を飼う楽しみかも知れない。朝食はご飯1杯、納豆、練り梅。7時過ぎ「富士川クラフトパーク」へ行ってきた。最初のうち寒かったが、 8時頃に太陽が山の上に昇ってきて、木々や私の陰を長々と芝生に描いた。日が差すと草や葉に薄く帯びていた霜が溶けて一斉にきらきらした。 1時間歩いた。

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帰宅して9時半頃から入浴。6月と12月に外科・K先生の外来を受診し、CTを撮る。できょうは診察。先生は触診して 「ちょっと肝臓が大きめかな」と言っていた。私は酒を飲まないし肝臓には自信があったのだけれど。私のガンは早期だったが、 早期にも2種類あって、粘膜表面に出来たばかりのいわば赤ちゃんガン(たいてい内視鏡で取れる)と、 まだ筋肉にまで到達していないが少し内部に浸潤したお兄ちゃんガンがある。で、私の場合は後者で、 どこかに転移する可能性が10~20パーセント程度はあるという。聞かなきゃよかった。私のように気が小さい者は、 どうしても不運な10~20パーセント組になってしまうのではないかと恐れてしまう。17日、9時からCTを撮ることになった。

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12時帰宅。昼食はご飯半杯、焼き海苔、練り梅。あまり食欲がなかったというか、 診察の帰りに腹が減ってローソンに寄りあんまんを1個食べたのである。食後もう一度入浴。午後から透析。本日の体重増加は3.5kgで、 前回からの純増は2.9kgだった。それでもどうにかドライウェイトに戻った。穿刺は看護師のWさんで2本でうまくいった。 いつも使っている場所の片方が固くしこってしまったので、上腕へ刺した。(そういえば「しこって」という言葉は、 私が子どもの頃の栃木県東部では「気取って」という意味に使われていた)。透析中は少し眠り、あとはテレビを見たり見なかったり。 美奈さんは休みで、恵子さんが来たので外科の診察を受けたこと、CTの日程などを話す。「2日空き(の時の体重管理) をもう少し頑張ってくださいね」「はい」「もう少し除水が少なければ体も楽だと思うんですよ」「最近は4. 0kg以上引かないと透析した気がしない」「だめですよ、そんな」。 後半足に少し痛いような痺れるような感じがあって苦しくなったが頭痛は出なかった。

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19時10分帰宅。女房はお寺の和讃(ご詠歌のようなもの、この地区では唯一の婦人団体)の忘年会があって留守で、 親子丼が作ってあったので電子レンジで温めて食べた。21時40分少し頭痛が出てきた。薬を飲もう。

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2008/12/11

きょう1日

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第一部は、いつもの通り未明3時頃にはじまった。ふと目を覚ませば、勘助が胸に腹這いになっており、 あっちゃんは私が右手で作った円の中で丸くなっている。まあ、二人の子どもをおんぶにだっこといった感じ。 あっちゃんは私が手を外そうとすると、むぎゅーと怒る。そうこうしているうちに、私はすっかり目を覚ましてしまい、台所へ行って、 いかフライ(株式会社なとり)をポリポリ食べ出す始末。うまいことやって猫たちを彼らの部屋に閉じこめて寝直したが、 6時前になって第二部が始まった。閉じこめられた猫たちは、我らに自由を、と戸をガンガンやって示威するので、 女房はそれに屈して彼らを解放したらしい。だったら、女房の部屋へ行けばいいのに、「二人」ともこちらへ来て、 私の体の上でどたばたプロレスごっこを始めた。初めのうちこそ「こら、よせってば」などと言っていたのだが、 あっちゃんが私の枕元からジャンプして股間に着地するに及んで「うぎゃー」と悲鳴を上げたところ、 その悲鳴に驚いたのか両方とも部屋から出て行った。かくして、彼らは朝の仕事を始める女房に再び閉じこめられ、世界は平和を取り戻し、 私はそれからしばらくの間、眠るでもなく、起き出すわけでもなく、中途半端にベッドに横たわっていた。そういう時にはだいたい、 子どものころからそうだが、空想をしている。たとえば、自分がスポーツのヒーローになる、つまり、 初登板でジャイアンツ相手に完全試合を達成する投手、ヴァンフォーレ甲府をJリーグ最強に導くストライカー。その間にとろとろと、 浅く短い眠りが入る。そのようにして、7時に起床。朝食は、ヤマザキバターロール2個、マーガリン、ジャム、紅茶。

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うちの裏にある夏みかんらしい柑橘。酸っぱいくせに薄味である。おおむねサルのエサ、またはおじいさんのおやつ。 女房が買い物に行こうというので、付いて行くことにする。着替えて、車の所へ行って、それから出掛けるまでが大変で、いつものことだが、 ガスは消したっけで1回、コンセント抜いたっけで1回、ちょっとトイレで1回、おじいさんにお昼を早く食べ過ぎないように言って1回・・・ という具合に何度も家に戻るのでなかなか出発出来ない。国道に下りると霧がかかっている。霧に巻かれて一番似合うのは裸木かも知れない。 葉をすっかり落としきって、ぽつんと立っている、または、裸木ばかりのちいさな林。まるで、今まで見えていたものが消えて行くように、 逆にいままで見えなかったものが見えてくるように、霧の中に影を作っている。

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最初、「くろがねや」 に行く。この前プラスチック障子紙を買ったとき、チラシの値段より高く清算されてしまったので差額を3000円返してもらった。それから 「オギノ」 へ回り、腎友会から病院へ出すお歳暮を買った。あとはひたすら車の中や喫煙所で他の買い物をする女房の帰りを待った。 なんでもポイント5倍デーだったそうで、1000円買って5000円買ったのと同じなのよ、という。そうかなあ。 ヒヨリとヒナへのクリスマスプレゼント、プリキュア5のお菓子詰め合わせ。 昼食はショッピングセンター内でラーメンとミニチャーハンのセット。

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14時頃帰宅。少し休んでから図書館に行ってきた。あまり面白いとは言えなかった2冊の本を返した。3冊借りてくる。 面倒なので書名は書かないことにした。帰宅した頃は、雲がずいぶん厚くなってきてこれはまた降り出すのかと思ったが、 今 (16時20分)にはまた青空になっている。あっちゃんは玄関に入れてある「金の成る木」が作る小さな茂みが気に入ったらしく、 「あっちゃーん、めっ」などと言われると素晴らしい速度で台所から駆け出してその中に身を潜める。 勘助兄ちゃんの方はあまりいたずらしなくなって、ゆったり寝そべっていることが多い。ただし、深夜には元気。

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これは造り酒屋の蔵。17時。もう夕食は済んだ。ご飯1.5杯、茹でた大根に甘味噌、蕪を炒めたもの、白菜漬、 練り梅と買い物に出た日とは思えないメニュー。月が出ている。そろそろ満月に近いが、私の、 近視で遠視で乱視の混ざった裸眼で見るとゆがんで見える。『回復まで』(メイ・サートン、中村輝子訳、 みすず書房)から引用。

一方、ことし多すぎるほどに経験した精神的苦痛のことを考えても、 苦痛から抜け出す唯一の道は、それをじっくり経験すること、つまりそれはなにか、どんな意味があるのか、よく考え、究め、 理解することだと思う。苦痛に対して扉を閉ざしてしまうと、ひとは成長する機会を逃すことにはなりはしないだろうか。 身にふりかかることは最悪のショックでさえ、無駄であるものはなく、食べ物が体を形づくるように、 なにごとも人格を構築する骨組みに取り込まれるべきなのだ。

たぶん、あっちゃん。何度かプラスチック障子紙にジャンプしては滑り落ちる音がする。トン、シューッ、ガリガリ、ストン、 タタタと走る音。ジャンプして前足を伸ばした地点にうまく留まれなかったことはあっちゃんにとって信じ難い様子。

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向かって左下に富士山が見えます。 18時20分。あっちゃんは私の横で体を伸ばして寝ている。 猫のくせに背筋が伸びている。暖かな1日だった。

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2008/12/10

霧の朝

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きょうも3時頃に勘助とあっちゃんがベッドに上がってきた。勘助は私の胸の上で腹這いになり、 あっちゃんは右手のシャツに噛みついている。シャツだけなので痛くはなく、手を回して抱くようにするとグルグルいいながら目を閉じている。 その時間にはまだ雨音がしていた。一度起きだして、4時半頃また眠った。7時頃起床。雨は上がっていて、比較的暖かい朝だった。朝食は、 ご飯、アジの開き(きのう沼津の親戚から届いた)、海苔。7時半頃、「富士川クラフトパーク」へ行く。雨は上がったばかりで、 霧がかかっている。1時間歩いた。

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帰宅してしばらくネット友達と雑談。昼食は焼きうどん。うちでは七味唐辛子を業務用の大きな袋で買ってあって、 小瓶に詰め替えるのだが、きょうは私が詰め替えることになった。もちろん失敗。焼きうどんの上でそっとやったのだが、 小瓶に入った以上に焼きうどんにかかってしまい、ものすごい辛さになった。かくして水を余分に飲むことになった。

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午後から透析。本日の体重増加は4.6kgで、前回の透析からの純増は4.1kg! なんてこった。1日空きとしては新記録。 600g残った。穿刺は最初美奈さんだったが、2本失敗してKさんと交代。合計4本刺した。まあ、 見ていると失敗するときは慎重になりすぎている。思い切りが肝心で、失敗するときにはするし、うまく行くときはうまくいく。 私の方からは何本刺してもいいよ、とは言っているのだが、穿刺する方ではそうもいかないのだろう。透析中は主にテレビ、うたた寝。 外科のK先生の外来予約をしてもらった。あさって(金曜日)の11時半。6月と12月に診察を受け、CTを撮ることになっている。後半、 特に残り1時間くらいから厳しくなった。恵子さんから飴を一つもらった。終わってから、胸部レントゲン。 それから更衣室でヒヨリとヒナが元気にお遊戯会の練習をしているという話を聞いた。去年は舞台に上がっ て何一つしなかったが、 今年はどうかな。お遊戯会は14日。

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19時10分帰宅。勘助とあっちゃんは迎えに出てこない。それでいて、私が台所へ行くとどこからともなく現れて私を真剣に見上げて、 みゃーみゃー鳴く。煮干しをせしめるとガツガツ食べてまたどこかへ行ってしまう。今(20時30分)、「二人」は一緒に眠っている。 まったく、今寝ないで3時頃に熟睡して欲しいのだが。夕食は、ご飯1.5杯、餃子風だが中身はリンゴジャムのもの、練り梅、フライドポテト、 カツオの缶詰(フレーク)。

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これは名前は分からないが木の幹。本来縦位置の写真。 

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2008/12/09

1日雨

ゆうべから今朝にかけてははよく眠った。9時半頃、足が痛み出さないうちに早く眠ってしまいたくて、 レンドルミンとノヒプノールを一緒に飲み、布団に入るとあっという間に眠ってしまった。前夜、足の痛みで満足に寝ていないのと、 透析疲れもあったのだろう。3時半頃から、勘助とあっちゃんがベッドに上がってきた。勘助は私の胸の上に腹這いになって、 あっちゃんは私の腕を枕にして寝ていた。あっちゃんは一度私の頬を舐めた。冷たかった。そうこうしているうちにもう一度眠り、 次に目覚めたら8時だった。弱い雨が降っている。雲に包まれていて、向かい側の山は見えない。朝食は、ヤマザキバターロール2個、ジャム、 マーガリン、昨夜の残りのトンカツ三切れ。一度外へ出て、煙草と缶コーヒーを買ってきた。ネット友達から雑談。 その友達から蜜柑とレモンが送られてきた。瀬戸内海・生口島産。昼食は、カツ丼(笑)。

『週刊朝日』12/19号。巻頭グラビアは今年亡くなった人特集。筑紫哲也、市川昆、水野晴郎、加藤博一(野球)、中村寅吉(ゴルフ) 、江藤慎一(野球)、川内康範、川田亜子、長沼健(サッカー)、深浦加奈子、土屋義彦(政治)、井上裕(政治)、スハルト、イヴ・ サンローラン、加藤一郎、上田耕一郎、伊藤和也(アフガニスタンで亡くなった人)、峰岸徹、緒形拳、広川太一郎、ポール・ニューマン、 梁瀬次郎(自動車販売)、俵萌子、北島敬介(検事)、ロッキー青木、アーサー・C・クラーク(作家)、ミラ・ショーン(デザイナー)、 華国鋒、澄田智、寺内大吉、宮迫千鶴、石井桃子、大野晋、チャールトン・ヘストン、そして赤塚不二夫。加藤周一は間に合わなかったのだろう。 連載「あれも食いたい これも食いたい」では東海林さだおが、森鴎外が好んだという「饅頭茶漬け」を試食している。 ご飯の上に四つ割りの饅頭を乗せその上からお茶を注ぐという、聞くだけで気持ち悪いものだが、東海林によると「あの、ですね、 これはお汁粉です。お汁粉は餅の固まりが入っているわけだが、固まりがうんと小粒(米粒)になったお汁粉」と言っている。 「お茶漬けと考えると問題なしと言えないが、お汁粉と考えるとなかなか」だそうだ。中森明夫のコラム「アタシジャーナル」 は安住紳一郎を取り上げている。私も見ていたが、元厚生事務次官襲撃の犯人が自首、逮捕された日に、ほぼ独占状態でTBSが報道したが、 その時の安住を絶賛している。私もあの時は感心した。見事に番組を切り盛りしていたのである。ビートたけしがいなかったというのも、 たまたまゲストに弁護士を招いていた幸運だった。なお、中森は、ビートたけしについて「正直、この番組のたけしは見ていてツラい。 ギャグがスベッてる以前に、何を喋っているかすら聞き取れない」。大賛成。ビートたけしはもう面白くない。

今は17時50分。結局朝からずっと雨だった。3日歩いていないなあ。夕方から障子貼り。プラスチック障子紙はお勧めできない、 というのが結論。貼るのが結構大変でどうしても波打ってしまうし、独特の風合いがない。仕方がない、ボロボロよりはいいか、 というところで妥協した。ただ、猫には強く、勘助は一度飛びついたが滑って落っこちた。それ以来、 飛びついてボロボロにしようなどと考えないで、一ますだけ開けた出入り口を使用している。まもなく18時55分。 明日の明け方まで雨は降るという。どれ、安住紳一郎の、ぴったんこカンカンでも見るか。夕食は、冷凍の焼きおにぎり2個、ポテトサラダ、 ヤクルト1本。

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2008/12/08

12月8日

ゆうべは結局3時半頃まで寝られず、起きたらもう9時だった。足の痛みは時折来るだけで、生活に支障が出るほどではなかった。 雲は多いが青空が広がっている。それでも、そんな時間まで寝ていたのに空気は冷たくて震えていた。朝食は、ヤマザキのバターロール2個、 ジャム、マーガリン。女房は階下の障子を張り替え始めていた。何枚か動かない障子があるという。仕方がないから、 そのうちにジャッキで持ち上げることにした。車のジャッキに丸太を乗せて、障子のレールがある梁を持ち上げてしまおうというのである。 その後ネット友達と雑談。NHKBSで、ロイヤル・コンセルトヘボウ金管五重奏団演奏会。ベートーヴェンの「悲愴」が演奏されて面白かった。 12時頃から入浴、昼食はチャーハン。

真珠湾攻撃をして勝ち目のない戦争をはじめた日。当時の日本は、松岡洋右の国際連盟脱退のシーンを思い出すまでもなく、 今の北朝鮮みたいに「困った国」だった。国力が10倍もある国になぜ戦争を仕掛けたのかはいろいろ考え方があるのだろうが、 一度パンチを浴びせてさっさと有利な条件で講和を結ぼうという作戦だったのだろう。もちろん、そんなに甘くはなく、 あっという間にコテンパンになった。

それから、きょうは実母の命日。朝の4時頃「危ない」という電話を受けてすぐ山梨を出発したのだが、天候が大荒れで大変だった。 朝の9時、埼玉県の久喜インターに入った頃、雲が切れて日の光が一条差してきた。あとで、だいたいその時間に息を引き取ったと聞いた。 元は乳ガンだったが、最後には肝臓や肺に転移し声も出せなかった。男は母親が生きている間はいくつになろうが「男の子」である。

午後から透析。足の痛みは軽くなったとはいえ続いていたので、昼食後ロキソニンを1錠飲んだ。本日の体重増加は4.6kgで、 思っていたよりは軽かった。5.5kgくらいはあるかも知れないと覚悟して秤に乗ったのだ。500gは次回に持ち越し。穿刺はF先生、 2本で済んだ。足の痛みは消え、合計1時間半くらい眠った。

19時帰宅。夕食はご飯1.5杯、トンカツ、ポテトサラダ、甘酒100ml。ホットカーペットは最強にしてあるが、空気が冷たい。 ファンヒーターを使うか。写真は撮らなかった。

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2008/12/07

足、痛む

今は16時で、足の痛みにのたうっている。左のかかと。ロキソニンを2錠まとめて飲んだが効いてこない。 フランスパンをちぎって食べている。飲み物は水。ジャンバルジャンみたいだな。テレビでは和田アキ子、アポロホールコンサート。 歩くようになってから足が痛み出す回数が減った。だが、きのうからの寒さに参った。なにしろ痛み続けてほぼ40年だから、 痛いとき気を紛らす方法はいくつか知っている。食べること、飲むこと、AVを見ること、など。ただ、最近はAVの効き目が落ちてきた。 しょうがない、食べて、飲む。明日は体重が増えるよ、美奈さん。痛みは出るし、まともに歩けないし、腎臓は壊れているし、 ガンはまたどこかに出るかわからないし、金はないし、女房は怖いし。それでも生きているのはいいことだ。 猫の出入り口用に障子紙を貼らなかった四角い一ますに区切られて、冬の日暮れの美しい青を見ることができる。生きていくとはつまり、索漠として、退屈で、寂しくて、 ついてない日々の中に、障子の一ますから見えるきれいなものを感受するような営為を続けることなのだ。16時40分。空は青みが消えた。 いや、よく見るとほのかに紫。それと共に、向かい側の山の稜線が描く曲線の輪郭も曖昧になってきた。練乳キャラメル、 DS道南食品株式会社製。それほど甘くなくて、口の中で最後までグズグズになったりしない。ちゃんとしたキャラメル。 105円というシールが貼ってある。17時、暗くなった。雨戸を閉めた。そうすると、 そんな気はなくてもどこかに閉じこもったような気がする。時々、トンネルの真ん中にいるとき両側が落盤して、 救助を待つ自分を想像するようになってもう長い。子どもが小さかった頃は自分がそこで死ぬとしてどのくらいの金を残せるか考えた。 子どもたちが大学を卒業するまでの年数に必要なお金を計算して、保険金の他に、そのトンネルが国道なら国からの賠償もあるだろう、すると、 「おれ、死んだ方がいいじゃん」という結論になった。17時40分。これから笑点の大喜利。福岡国際マラソン。 北京で3番になったエチオピアのケベデが圧勝というか楽勝。日本のマラソンはもう世界には通じない。もはや、 根性だの精神力だのスタミナだの粘りだのと言っている時代ではない。5キロ15分ちょっとで30キロまで、 それから40キロまでの10キロを29分を切って走るなんて能力は日本人にはない。これからの日本の長距離は、 せいぜい日本人だけの駅伝をやって、それぞれの選手の感動秘話でも挟んで楽しむ他はない。18時20分。猫たちを部屋から出す。 こたつの中でプロレスごっこ開始。

夜、ネット友達としばらく雑談。相当遠くの人だが、同じテレビ(平成教育学院)を見ながらなので結構盛り上がった。 痛みは夜から和らいだ。まあ、完全に治るのは明日の昼だろう。普通痛み出すと24時間痛い。NHK総合「ドラマ・最後の戦犯  「戦争犯罪に問われた男の3年半の逃亡生活 家族の悲劇・手記が語る戦犯の素顔と苦悩」(新聞のテレビ欄にこう書いてある)を見ている。 こんなに長いと出演者が少ししか書けない。出演者で番組を選ぶ人もいると思うけれど。「私は貝になりたい」がリメークされたりして、 いわゆるBC級戦犯に光が当たっているのだろうか。「私は貝になりたい」はフランキー堺のを見ているので、中居正広では見る気がしない。 戦犯として処刑された人の遺族は、軍人年金を受けられたのだろうか。

23時。痛みがぶり返している。今日食べたもの。朝:ご飯、キムチ、焼き海苔。昼:ご飯、ほたてだの油揚げを似たもの。間食: ヤマザキ「食べきりサイズフランスパン」。夕食:オムライス。水をたくさん飲んでしまった。さて、これから長い夜。

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2008/12/06

冬、深む

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きょうは7時半頃起きだした。雨は降っていないがまだ雲が広がっている。朝食は食パン2枚、マーガリン、苺ジャム、牛乳。食後、 日本語版「冬の旅」(五郎部俊朗)を半分聞いた。9時、おじいさんをデイサービスに送ってから「富士川クラフトパーク」へ行き、 1時間歩いた。青空が見え始めて、雲をよけながら日が差したり翳ったりする。公園の中はすっかり冬だ。本当に一度の風雨のたび季節は深まる。 歩きながら、たとえばブログに何を書いたものか思案したり、これから帰ってどうしようかなどとは少し考えるが、 70パーセントくらいの頭脳は、転ばないようにという方に行っているのであまり考えた通りにはならない。上の「一度の風雨のたび・・・」 というのは歩きながら考えたフレーズというか、実感である。私のところでは、いきなり雪が降ったり氷点下になったりしないから、 冬に秋が混ざり合い、はっきり冬になる頃には春がわずかに混ざってくる。

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11時頃帰宅。隣家のおばあさんが来て話をする。だんなさんの病気の話。昼食はインスタントラーメン(だけ)。青空が広がって、 日が差してきたので、洗濯物を屋根の下から出しておいたが、別に女房から褒められるというようなことはなかった。 14時半からテレビでサッカーJリーグ最終節、大分-名古屋戦を見た。結局0-0の引き分けだった。山梨のヴァンフォーレ甲府も引き分けで、 ずっとすっきしりないシーズンだった。

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というわけで、午後から夜にかけてはとても無気力だった。したことと言えば、洗濯物を移動したのと、猫の背中を撫でたくらい。 猫たちも走るでもなく、跳ぶでもなく、こたつを出たり入ったりしていた。あっちゃんは最近、私の膝に来るようになった。膝というか、 あぐら座りが作る三角形の空間にスポッと入って来る。

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脚がなんだか体操のあん馬競技みたいである。五郎部俊朗、「冬の旅」日本語版。どうも日本語だと、 意味が解ってしまうという弱みがある。一言も解らないドイツ語で歌われた方が感情移入はしやすいのは不思議。それと、 初演はテノールだったというが、なにしろ最初に聞いたのがハンス・ホッターであるからその影響でもう少し低い声で歌われた方が好きである。 このCDの録音は1992年だそうだから、今の五郎部の冬の旅も聞いてみたい。日本語詩は松本隆。 この人は最近源氏物語を素材にした大きな曲(テノール、ソプラノ、フルオーケストラ、混声合唱)の詩を書いていた。 テレビで見たが面白かった。

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2008/12/05

寝てばかり

きょうは6時頃起床した。最近では珍しい。重い灰色の雲に空が覆われ、弱い雨が降り、時々風が吹く。朝食はシュガーロール2個、 温めた牛乳100ml。雨で歩きにも行けないし、部屋でこたつに寝ころんで久しぶりに朝のワイドショーを見ているうちにまた眠ってしまった。 「なんだ、寝てるの、まったく」と罵る女房の声を遠くに聞き、体の上に投げやりに毛布が掛けられるのを感じたが、 そのまま10時頃まで眠った。その後ネット友達と雑談。入浴。昼食はフランスパン風のパンをむしって食べ、紅茶100ml。 10時半頃から雨が強くなり、突風が吹き、雷が鳴った。オークションで買った五郎部俊朗、「冬の旅」が届いたので、3曲目まで聞いた。

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午後から透析。体重増加は3.6kgで、前回からの純増は3.4kg。どうしても水を飲んでしまう。「しょっぱいものを食べすぎます。 ラーメンのあとにご飯を入れて食べるなんて最悪、禁止です」と美奈さんは言った。確かに、しょっぱいものを食べ過ぎている。だが、 私はもともと脳卒中が多い北関東の生まれ育ちで、強い味が好きだし、そのあとの冷水のうまいこと! 穿刺は看護師のSさんで三本刺した。 透析中は眠ったり、テレビを見たり。NHKは国会中継で、楽しみにしていた将棋・竜王戦の中継も短縮されてしまった。 終了1時間前くらいから頭痛が起きたが、それほどひどくはならなかった。

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19時10分帰宅。勘助は下駄箱の上、あっちゃんは女房に抱かれて(捕まえられて)迎えてくれた。夕食はラーメン、チャーハン、 甘酒150ml。部屋に戻って少し休んだ。頭痛は治まるのだが、ある種の不快感があり、ロキソニンを1錠飲んだ。きょう伯父さん(実母の弟) が梨を送ってくれたので、夜お礼の電話をする。伯父は療養中なので伯母さんとしばらく話をした。伯父さんの様子、 75歳にして曾おばあさんになったこと。NHK教育、「視点・論点」で、蜂飼 耳という詩人が「師走の言葉」という話をしていた。 クリスマスは源流をたどると冬至の祭祀に至るというのは面白かった。それから、人工の光を得ることで、 太陽と人との関係が変わったということ。冬至に風呂に入れるゆずなどの柑橘類は太陽を象徴するという。夜、水150ml。

 

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2008/12/04

障子貼り

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きょうは7時に起床。よく眠れた。ということは夜中に水を飲まなかったということ。朝食は食パン1枚、蜂蜜、マーガリン、 牛乳100ml。よく晴れた暖かい朝。女房が買い物に行こうというので8時半頃出掛けた。「くろがねや」 という山梨限定の大型ホームセンターに行った。買い物の一番は、プラスチック障子紙を買うこと。チラシに載っていたもので880円×7本 (棚に7本しかなかった)。うちには障子が28枚ある。そのすべてが勘助とあちゃんによってボロボロにされている。 勘助が家に来て間もなくは破られるたびに補修し、補修するたびに破られるのイタチごっこだったが、いつしか女房は怒って補修作業を放り出し、 うちの障子はかなりひどいことになっている。で、まあ、間もなく正月であるからなんとかしなければということになり、 プラスチック障子紙を導入しようということになったのである。障子紙をカートに乗せた後、12本598円の単三乾電池(カメラ用)、 おじいさんの電気カミソリ、ヒヨリとヒナ用のトイレスリッパ。それからちょっとのぞくつもりでペット用品コーナーへ行ったら、 結局そこに一番長くいることになった。新しいトイレを買ってしまった。二段になっていて、 撥水性の砂を使っておしっこを下のマットに落とす仕組み。

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そのあと、食品スーパーにより弁当用のちらし寿司、エビ天丼を買う。そのあと、増穂町平林に寄って、 車の中で弁当を食べた。リンクの映像だと12:00の状況で、富士山は淡く霞んでいた。増穂町は将棋の米長邦雄が出たところで、 いとこは民主党の参議院議員。それから「富士川クラフトパーク」に寄り、私は1時間歩き、女房は走る。 7日にクラフトパークで町民マラソンがあり、女房は出場する。

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15時半ごろ帰宅。さっそく新しいトイレを組み立てた。それからしばらく休養。夕食は、スパゲティ、雑炊。夜、買ってきた障子紙を 「試しに」ということで貼ってみる。なにしろプラスチックなので糊で貼るわけではなく、本来は両面テープを使うのだが、 うちの障子は古いし下がボコボコなのでうまく着かないだろうから、画鋲で止めちまえということになり、表面が透明な画鋲も買っていたのだが、 やってみたらなかなかうまくいかない。で、「2階だしいいや」、ということで、荷造り用の透明テープを使った。まあ、 ガムテープよりはいいか。四囲はテープで止めたので、あとは桟の交点に瞬間接着剤をちょんとやってくっつける予定。すごい障子張りである。 女房の部屋の3枚、私の部屋の4枚を貼ったが、一ますは貼らないで猫たちの出入り口にした。下の階はもう少しちゃんとやることにしている。

きょうも、水を飲み過ぎた。今夜から明日の透析まではちゃんとやる予定。

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2008/12/03

きょう1日

ゆうべも3時頃から勘助とあっちゃんが私のお腹の上でプロレスごっこを始めて寝てなどいられなかった。仕方なしに閉じこめた。 今夜は頼むぜ、猫たち。というわけで、4時頃になってまた寝直し、起床は8時。朝食は少し軽めに盛ったカレー。9時すぎ、 おじいさんをデイサービスに送った。送迎車の到着が遅かったので、庭を行ったり来たり20分近く歩いた。よく晴れて暖かった。 9時半頃からネット友達と雑談。四方山話をしているうちに、不覚にも眠ってしまった。12時頃から入浴。昼食は、食パン1枚、蜂蜜、 マーガリン、温めた牛乳100ml。蜂蜜は「かんてんパパ」(伊那食品工業)製の「寒天蜂蜜」で、 蜂蜜を寒天でほどよく固めてあってたれないのは良かった。ただし、お湯に蜂蜜を溶かして飲む、というのには溶けにくいので向かないようだ。

午後から透析。本日の体重増加は3.8kgで前回からの純増は3.4kgだった。やはり夜中に起こされると水をのんでしまう。 400gを残すつもりだったが、終わってみたら200g残りになった、ラッキー。穿刺はF先生だったが苦戦。4本刺した。 おまけに血管痛もあってなかなか大変な透析だった。美奈さんは休みだった。透析中は出来るだけ眠るように努めた。

19時15分帰宅。勘助もあっちゃんも出てこなかった。夕食はカレー、焼きそば、メンチカツ。私がやらないものだから、年賀状を バイト先の店長に頼んで作ってもらってきた。どちらもブログで使ったものだが、ヒヨリとヒナ、 勘助とあっちゃんの写真を小さくあしらってある。私自身は前から年賀状を出したことはない。

『週刊朝日』12/12号によれば、麻生首相が東大に行かなかったのは、彼の岳父が次のように言ったからだという。 「金がないならわかるが、金のある奴が人様の税金を使うようなことをするな! 東大は役人を作るための学校なんだ」。 私はてっきり学業成績に問題があったので東大だの京大だのじゃないんだろうと思っていたが、首相に対して失礼だった。なお、 彼の家庭教師だった人物が「文系の成績はまあまあでした」と証言しているのを読んで思わず吹き出した。いまや、 マスコミの関心は解散ではなく、いつ政権を放り出すかになりつつある。この際だから「ヤケのヤンパチ解散」でもしちゃったらどうなんだろう。 きょうは写真を撮らなかった。眠ったわりに疲れ気味。

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2008/12/02

裁判員通知も来ない師走かな

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ゆうべは、ベッドの上で「鶴瓶の家族に乾杯」を見ていたら、途中で眠ってしまった。寝たいと思う時には薬なしには眠れないのに、 まだ寝たくないが一休みという時にはあっさり寝付いてしまう。それでも朝まで寝られればよかったが、 1時頃勘助とあっちゃんが来て仰向けに寝ている私の上でドタバタ取っ組み合いを始めたのですっかり目が覚めた。この「二人」 は19時~23時頃まではコタツの中で丸くなって寝ているのだが、その時間を過ぎると元気になって、じたばた始めるから始末に負えない。 2時頃とうとう煮干しで釣って部屋に閉じこめた。「出せ」と行ってニャンニャン騒いでいたが、知るもんかということで無視して、 レンドルミンとロヒプノールを両方飲んで寝た。そんな時間に薬で寝付くと、今度は朝が起きられない。9時半頃起床した。朝食は、ヤマザキの 「苺のロールケーキ」というもの2個と牛乳100ml。牛乳は、グリコの「那須高原牛乳」だったが、甘みを感じるほど濃厚でうまかった。 10時頃家を出て最初に郵便局。ヤフーのオークションで落札した「五郎部俊朗・冬の旅」の代金を送金した。CDが600円、送料が180円、 郵便局の手数料が120円、合計900円だった。次に、身延町総合文化会館で来年3月1日にある「小椋佳コンサート」のチケットを買った。 文化会館には会員制度があって、きょうから会員向け先行発売。すでに3分の1の席が埋まっていた。 6日から一般発売だが座席が400しかないホールだからそれまでは残らないだろう。4000円。なお、 同会館でのコンサートは同じ建物の中にある身延町教育委員会で売っている。帰宅してネット友達と雑談。昼食はチャーハン。午前中の飲水、 400ml程度。

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昼過ぎから足に痛みが出てきたので、ロキソニンを1錠飲み、温めて様子を見た。その間、『おまえが若者を語るな!』を読む、 宮台真司とか香山リカとか若者についての「識者」をやっつける本。やっつけてどうするのかは今のところ不明。14時半頃、 痛みが楽になったので「富士川クラフトパーク」へ行き、45分歩いた。帰り、思い出して図書館に寄り、11月21日の朝日新聞を見せてもらった。 うちも朝日新聞だが、おじいさんの関係で古新聞を使うので保存期間はせいぜい3日なのである。帰宅して、女房が「試しに」 ということでプラスチック製の障子紙を買ってきたので検討する。家が古いので、外せる障子が少ないから大変である。 障子に両面テープでくっつけるやり方だが、なかなか大変そうだ。画鋲で止めちゃえば? と提案したがちょっとみすぼらしいかも知れない。 その後、台所の方からガターンという大音響、次に女房があっちゃんを叱る「めっ」という声。大きめの鍋を流し台の上から落としたらしい。 あっちゃんはなぜか流し台が大好きである。特に水道の水を出した後のポタポタが好きなようで、 別に飲むわけではないのにポタポタが止まるまでじいっと見ている。夕食は、ご飯1膳、豚肉を炒めただけのもの、豆腐半丁、柿、キウイ少々。 昼食と夕食の間の飲水、200ml程度。1日500mlなんて、 閉じこめられて500mlのペットボトル1本だけ渡されるというようなことをしないと無理だなあ。これから長い夜なのである。

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きのうの透析の記録。体重増加は4.5kgで、2日空きとしてはまずまず。400g残した。 穿刺は看護師のWさんで2本でうまく行った。透析中は主に寝ていた、というか眠ろうと努めた。血液検査があってカリウム6.0。 帰宅後軽い頭痛。薬を飲むほどひどくはならなかった。または、ひどくなる前に眠ってしまった。

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(身延山に隠れる太陽。まだ15時ごろ)

そういえば、裁判員の通知は来なかった。別に来ればいいなと思っているわけではないが、こんなのも当たらないのかという思いがある。 まあ、来ても辞退する理由には事欠かないのだけれど。相当な凶悪犯(とされる)でも、「あんた死刑」という勇気は私にはない。 少なくとも死刑を廃止してから裁判員制度を作ってもよかったのではないかと思う。

裁判員通知も来ない師走かな (nabesan)

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