« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2009/06/26

船には乗ったことがある

今度からレンドルミンに変えて病院から出たマイスリーという入眠剤を飲んでベッドに横になったら、23時前にはうまく眠れたのだけれど、勘助が来て私の胸を自分の寝床にしたので残念なことに猫の重さ(連続荷重)により1時頃には目が覚めてしまった。変なものだが、何か外的要因により中途半端に目が覚めた時は、手のひらが痒いことが多い。今夜もそうで、階下へ一度降りて水で手を良く洗い、というよりもよく冷やした。それから、冷凍庫からキューブの氷を一つ出して手のひらで揉むようにして一層よく冷やした。そうこうしているうちに、痒みは治まったが目は冴えてしまった。

この前の更新からしたことといえば、『トロムソコラージュ』(谷川俊太郎、新潮社)という詩集を図書館から借りて読んだ。詩集は薄いし、文字の数も少ないし、それでいて本を一冊読み通したという充足感はあるから良いものだ。物語の要素を帯びた長編詩6編から成る。新しく詩集を読むと、自分が持っている「言葉の置き場所」の窓を開け放った感じがする。

サッカーJ2について。23節を終えて、湘南、セレッソ大阪、仙台、甲府の順で、5位の水戸と4位の甲府の間には勝ち点で12もの差がついてしまったので、どうやらJ1昇格の椅子には現在の「4強」のうちの3クラブが座りそうである。湘南と甲府の差は勝ち点で2しかなくこれからどこがこぼれ落ちるか注目だ。得失点差で見劣りがしていた甲府は水曜日の福岡戦で6-0という信じられない勝ち方をして一気に上位チームらしい数字になった。マニアックで恐縮だが、一部に6ゴールは甲府のクラブタイ記録とあったが、実はJFL時代に7点取ったことがある。なお、最大の負けはセレッソ大阪戦で0-10であった。

昼間は蒸し暑かったが、2時ともなると気温が下がってきていて半袖では少し肌寒くさえ感じる。このごろ、今のように静かな夜には耳鳴りがひどい。秋の虫のような音が抑揚なく直線的に聞こえている。テーブルの上、パソコンにホームポジションで構えたときの右肘あたりに小銭が置いてある。585円。500円と50円の硬貨が各1枚、10円が2枚、5円が2枚、1円が5枚という組み合わせ。

夏を控えて、きょうの新聞には北海道行きフェリーの広告と、それを使ったパック旅行の広告がいくつも載っていた。新潟-苫小牧東なんて航路もある。ということは津軽海峡を横切るのだろうな。飛行機に乗ったことは一度もないと前に書いたが、さすがに船にはちょっと乗ったことがある。直江津-佐渡とか伊良子-伊勢とか、東尋坊の遊覧船とか。タンカーの船員なんていい仕事だったなあ、と今は思う。だって、荷の積み卸しの時以外に仕事があるとは思えないし、途中の航海は甲板でぼーっとしてトビウオの数でも数えていれば良さそうだし。海賊に遭遇する心配も、少なくとも今はない。ピカピカでどんな小さな傷でもきちっと補修されているに違いない祖国の軍艦が守ってくれる。

| | コメント (1)

2009/06/22

二日続きの雨

きのうから雨が降り続いている。細かな雨がきょうの午前中まで、午後から少し強く降った。ただ、暖かい雨で「梅雨寒」という感じはしなかった。来月初めにある村の祭りに出すために俳句を二つ作った。「梅雨寒や猫の眠りは深くして」「横顔の向こうに見えて濃紫陽花」。透析のある日は私なりのペースというか、リズムがあってなるべくそれを守るのは大切なことだ。11時半からお風呂に入る。お風呂ではまず頭を洗う。ちゃんとシャンプーとリンスを使う(リンスではなくコンディショナーと書いてある)。次にひげを剃る。シェービングフォームと使い捨てのカミソリで、右側のもみあげの下から剃り始める。それから体を洗うが、液状の石けんで、詰め替え用の袋詰めのものを買ってきて、使い終わった頭髪用シャンプーのビンに入れてある。洗うのは右腕、左腕、首回り、背中、腹部、それから下肢の順である。還暦まであと一年を切った男の肌は、石けんで洗った直後だけシャワーの湯をはじく。それから浴槽に15分入る。はじめのうちぬるめの湯へ80度に設定した湯を落としてだんだん熱くする。お風呂の中では、子どもの頃からそうだが、もう出ようと思ってから数を数える。子どものころは大きな声で100まで数えて、それを母なり祖母なりがチェックしていた。私が小さい頃は才気があったと思うのは小学校3年にして、1、2、3・・・98、99、100と数えるのではなく、1から10までを10回やれば100になると気づいたことである。今もその手を使って300まで数える。浴室にはバスタオルとパンツしか持って行かないので、風呂から上がると二階の自分の部屋までパンツ1枚で歩いてくることになる。時々宅配便のおばさんと鉢合わせしたりする。パンツは、いわゆるブリーフをもっぱら愛用している。ちなみに、アダルトビデオの男優はたいていブリーフである。二階で一通り透析に行く格好が出来上がる。きょうの場合は半袖のポロシャツと黒いジャージのズボン。それから階下へ降りて昼食である。きょうはご飯、昨夜の残りの天ぷら、カップラーメン。12時30分にはすべてが終わり、携帯電話の目覚まし機能を13時20分にセットしてベッドに横たわる。お風呂に入ってお腹も一杯だから寝てしまうことも多い。13時40分ごろに家を出る。110円の自動販売機で缶コーヒー(ダイドーデミタス・砂糖入り)を買いちびちび飲みながら病院到着はだいたい14時少し前で、車の中で煙草を1本吸う。それから水道で口をすすぐ。缶コーヒーの後味を消すためである。なお、缶コーヒーはたいてい半分程度飲んであとは捨てる。もったいないと思うだろうが、水分制限とはそういうものだ。だったらはじめから飲まなければいいのにと人は言うだろうが、そこはそれ、ペースというかリズムの問題で、その自販機の前を素通り出来ないのである。従って私の小遣いは、煙草1箱と缶コーヒーで1日410円といったところ。もちろん、きのうのように家に引きこもりの日はお金は使わない。

きょうF先生と話し合って、ドライウェイト(基準体重)を1kg上げた。58kg→59kgになった。胸郭に対する心臓の大きさ(心胸比)が58kgの時で40パーセントを切るのでドライウェイトの見直しは以前からの懸案だったのだが、大きくするのは本人としては不安でなかなか踏み切れなかった。最近、透析時の血圧低下が著しいのでやっぱり上げようということになった次第。

出来不出来は別にして、長めの文章が書けた。私は回復基調である。雨が強まってきた。夜中降って明け方には上がり、明日の日中は暑くなる模様。甲府の最高気温は34度という予報である。

| | コメント (2)

2009/06/20

拓真 三ヶ月

夕方、息子の家族がみんなでやってきた。拓真は明日でちょうど3ヶ月。体重は7.5kgになった。首もしっかりして縦に抱くこともできる。動画では撮れなかったが笑うこともあるそうだ。ヒヨリとヒナは声だけの出演。あいちゃんは父の日の贈り物を作ってきてくれた。自分で焼いたクッキーとヒヨリとヒナの成長記録のアルバムをもらった。手紙付き。

透析は幸い病院の方が改善してくれたのでうまくいっています。ただ、終了間近になると血圧が下がってしまう。それから先週CTを撮ってその結果をきのう聞いた。ガンの転移や再発は認められなかったそうで、手術から2年経過したし、次のCTと外科の診察は一年後でいいことになった。

| | コメント (2)

2009/06/15

薔薇か牡丹のように

私の部屋の様子。新グロモントの空き瓶が2本、白い爪切り(切った爪が飛ばないタイプ)、バヤリース・マンゴーのペットボトル(あと300mlほど残っている)、灰皿(これは今は陶芸界において一定の評価を得ている後輩のSが若いとき作ったもの)、クマのプーさんの絵柄のカップ、ライターが10個(マイルドセブンにロングが出てそのキャンペーンでライター付きで売っていた)、普通預金通帳(山梨県民信用組合という、ゴタゴタを起こしてあまり信用ならぬ金融機関の通帳で、ここからプロバイダやニフティの料金が引き落とされる、ことになっているが時々残高不足に陥る)、それから何より不出来な塑像のような、壊れた私がある。私は物体として「ある」のだ。

自分で言うのも変ですが、私、壊れました。人々やその人々が構成する組織にとって、好ましい存在であろうとする努力は実を結ばないばかりか、彼らは私に疎ましさを感じている様子を、しばしば、露骨に見せるようになりました。彼ら、ええ、彼らですよ、彼らですとも。

渡辺さん、きみはどうしたいのですか。きみはなにより、そう、きみは「残念なことに」と前置きして言うが依然ヒトに分類されて生きており、♪太陽に手のひらをかざしてみれば、真っ赤に流れる血潮、があるではありませんか。

私に対するあらゆる問いをやめよ。私の脳は右も左も前も後ろも、水をかけられた角砂糖のように、どろりと崩れかかっており、もうあらゆる問いに答えることができない。

いろいろな花は美しいか、闇夜の蛍は美しいか、池沢夏樹個人編集の世界文学全集は面白いか、ヴァンフォーレ甲府が首位に勝ち点差3まで迫ったことは喜ばしいか、アダルトチャットで見知らぬ女性の乳房を見て興奮したか・・・。

ええ、事実を見る力はまだ残存しているよ。ただ、喜びとして悲しみとして心をざわめかす能力は失われているけれど。

というわけで、読んだ方はとまどったでしょうが上に書いたのは書きかけた詩です。

おとといの透析の時、針が抜けかかって、気づくのが遅れたためにかなりの量を出血し、血圧が77まで下がりました。生あくびは出るし冷や汗は出るしひどい目にあった。結局透析は3時間半で終了。完全に医療事故なのだけれど、スタッフにはそうした自覚はなかった模様。たぶん、笑ってごまかしてそれで終わりだろう。透析室のスタッフは機械とそれが表示する数値のチェックは熱心にするが、患者を見ようとはしない。誰かがせめて30分に一回くらいベッドのまわりをゆっくり歩いて状況を確認していれば防げたか、もっと軽くて済んだ「事故」である。まあ、期待する方が無理だろう。スムーズにマンネリに透析をしてくれればいいのだけれど。血はパジャマの袖から敷いているバスタオルを通ってシーツに直径15cmほどの円を作っていた。日本画の薔薇か牡丹のように見えた。それにしても、スタッフは原因の究明と再発防止策を考えていればいいが望み薄。もし、次回の透析でへらへらわらって「この前はたいへんだったですね、へへへ」などと言われたら、本気で怒鳴りつけてしまいそう。

| | コメント (3)

2009/06/05

6月5日

きのう私がブログを更新したら夜明け前から雨になって、終日静かに降り続いた。このあたりではアジサイもすでに五分咲きといったところだし、数日前には蛍も見たし、麦も熟れている。午前中は大リーグもなかったのでN響の録画中継をテレビで見ていた。シベリウスなど。かくしてきょうはシベリウスの日となり、透析中もシベリウスとかグリーグとかを聞いていた。北欧の音楽は日本人に合うと思う。北欧の人々にとっても日本の音楽は合うようで、昔赤い鳥が歌った「赤い花白い花」はフィンランドの教科書に載っていると聞いた。

きょうの透析は山あり谷ありだった。体重も少なかったし順調に滑り出したが途中から少し足が痛み出した。幸いひどくはならなかった。私が自分の人生経験から得て皆様に捧げる言葉があるとすれば「痛み出したら痛くなくなるまで待て」というものである。そう、痛むときは、1日でも1週間でも1年でも一生でも痛くなくなるのを待つことだ。これはまるっきり典拠がないわけではなく、F1ドライバの中島悟が昔、自動車雑誌のインタビューに答えて「車が滑り出してコントロールを失ったら自然に止まるまで待つことです」と言っていた。とういうわけで透析はどうにか終わったのだが、針を抜きに来た新米技士のS君が止血に失敗、出血した。ちょうど起きあがろうとしていたところだったので、パジャマの太ももあたりに大きな血の染みが出来た。血液とはすぐ冷たくなるものである。血糊よりもその冷たさの方が不気味だった。まあ、S君がきちんとこの失敗を生かすか、同じことを繰り返すのか見物である。

今は教育テレビの「芸術劇場」で「四季」を聞いている。秋に入ったところだ。イタリアの難しい名前の合奏団。少し肌寒いので薄いセーターを着ている。煙草。透析に行く途中でローソンに寄ったらマイルドセブンのロングが出ていて、ライターもついていたのでそれを買った。私は根元まで吸うタイプではないので、普通のとそんなに違いがなかった。携帯になぜか迷惑メールが来るようになったのでアドレスを変えた。知らせなければならない人は3人しかいなかった。まだ起きているらしい女房が隣の部屋で新聞をめくった。「四季」が終わった。

 

| | コメント (0)

2009/06/04

6月4日

特に体調が悪かったわけではないのに、なんとなくまたしても引きこもり的生活を送っておりました。どうしたことでしょうね、私は。季節は移り、身延町総合文化会館の植え込まれた夾竹桃も花を付け始めていました。この2週間近くの間にした建設的なことと言えば、きょうNHK受信料免除の手続きをしたことくらいです。私は、NHKの受信料は払うべきだという考えで免除の申請をしないで来たが、ついに経済的困窮はそんなことを言っている水準でなくなってきた。名前と住所などを書き込んだ3枚複写のA5の用紙と、個人情報(所得など)を担当職員が閲覧することに同意するというA4の書類と身体障害者手帳の写しを役場の健康福祉担当に提出すると、あとは彼女がよしなにやってくれる。私は役場の福祉関係部署には顔パスである。

透析は順調といえば順調である。体重の増加もそれほど多くなく、終わった後の頭痛も頻発はしていない。透析中は小さな事に苛立つのを抑えるためできるだけ大音量で音楽を聞きながら目をつむり自分の世界にこもるようにしている。比較的上質のヘッドフォンを買っておいて良かったと思う。もちろん、4時間音楽を聞くことに集中しているわけではなく、いろいろなことを空想したり、偉大な領導者に率いられた「核保有国」のことを案じたりしている。ほとんどスタッフとも話をしなくなった。もっとも用もない。

ヒヨリもヒナも拓真もとても元気だが、あいちゃんはこの間少し体調を崩した。さすがに、赤ちゃんを産んでもケロリとしているスーパーあいちゃんも疲れが出ることがあるのだろう。きょう何回か彼女とメールのやりとりがあり、撮れ立ての拓真の写真を3種類見せてくれた。こちらに転載できないのが残念である。可愛いぞ。あ、そうか、きょうブログエディタを立ち上げる気になったのはメールをやりとりしたからか。小さなことで、落ち込んだり、少し元気が出たりする。いい子が嫁さんに来てくれた。

勘助とあっちゃんは相変わらずである。勘助はますます人なつっこくなり私や女房に擦り寄ってくるが、あっちゃんの方はてんで知らん顔をしてマイペース。

とりあえず、書きなぐっただけの更新ですが、まあ、生存のお知らせということで。

| | コメント (1)

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »