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2010/03/19

野菜食えと言い給う人春彼岸

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今は5時30分。外はまだ薄暗く気温は低い。ほとんど一緒に起きた女房が、急須の葉を替え小さな湯呑に少量のお茶を注いで家中の神仏に捧げる儀式が終わってから、100mlほどの私が飲むお茶をいれてきた。「カフェインが少ないので子ども向き」と書かれているほうじ茶は、これでなかなかうまい。250ml入るカップに100mlだから、カップの縁に口をあてて傾けてから、中のお茶が唇に触れるまでには少し時間がある。その時間を香ばしい匂いが埋める。お茶は熱いを以って貴しとするわけではなく、少量ずつ口に含めば最初の熱さがだんだん和らいで、ちょうどよく冷めすばらしくおいしい時がやってくる。その一口か二口が過ぎれば、あとはもう残務整理のようなものだから捨ててもかまわない(私の場合は捨てるのが望ましい)。

少し寒いので、ゆうべ寝る前に脱ぎ捨てたジャンパーを羽織ったらどうも首に違和感がある。見たら反対に着ていた。裏表でなくて、上下を反対にである。自分でも吹き出しながら、着直して雨戸を開けた。東南の方角、つまりそちらに50km行けば海のある方角に、縁を赤く染めた夏の入道雲のような大きな雲の塊がある他は晴天だ。向かい側の山の縁も薄い朱色で、稜線に沿って曲線を描いている。まだ一体となって一つの巨大な影をなしていた山は、6時頃には重なる一つひとつの山が区別出来るようになってきて、夜の名残は払拭され、空は次第に早朝の白銀色から朝の青みに変わる。朝食はロールパン2個、マーガリン、マンゴージャム、紅茶。このパンは身延町内の、いわゆる支援施設で製造したもので、ロールパンと書くときはだいたいがこれである。

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7時頃家を出て富士川クラフトパークへ行った。途中寄り道2箇所。まずローソンに寄りアマゾンの支払いをする。タッチパネルをあれこれ押して、出てきたレシートを持ってレジで支払う。便利になったのか、ややこしくなったのか。次に鏡円坊というお寺に寄って枝垂桜や椿を見た。7分咲き。枝垂桜はソメイヨシノと違って一気に咲いて割合花は長持ちする。このお寺の桜にも最近は観光バスが来るようになった。木そのものは本山(身延山久遠寺)より立派。ただ、身延山の桜の背景には本堂の大伽藍があり、絵が作りやすいのでアマチュア写真家には人気がある。なお、鏡円坊では桜の季節の間には、参拝客にも観光客にもお茶とお菓子をサービスしてくれる。

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クラフトパークでは、しばらく見ていない吊り橋を渡った向こう側へ行く予定にしていたが、鏡円坊で疲れて少し足に来ていたのであまり歩かず、花壇から下の谷間に降りてそこの桜を眺めてきた。地面に昔ながらの(というのも変だが)、地味で小さな紫のすみれを見かけた。なお、新築された美術館(正式名称「富士川・切り絵美術館」)の近くにあるトイレの横にも新しい自動販売機が設置されていることが判明した。コカ・コーラのもので、通常の缶とペットボトルの販売機と、よくパチンコ屋にある紙コップが出てくる販売機の2種類。紙コップの方は「新500円使えます」「新千円札使えます」とあるから中古品かも知れない。

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10時を回ったところで、テレビではN響演奏会が始まり、ラフマニノフのピアノ協奏曲が始まった。空に雲が多くなってきて日差しが遮られた。隣家の小さな畑の縁の水仙、あのいつも私を心配してくれて、最後は童女のようになって亡くなったおばあさんが丹精した黄水仙は今が盛りである。見ていれば「ノボルはもっと野菜を食わねばいかんよ」「梅干は体にいいだよ」という声が聞こえてくるようだ。彼女は私を息子として扱い、私も「おかあさん」と呼んだ。

  野菜食えと言い給う人春彼岸 (nabesan)

昼食は食パン2枚、マーガリン、紅茶。食後図書館へ行って来た。大江健三郎『水死』は読み終わっているが返却期限が26日なのでちょっと読み直したいところもありまだ預かることにした。あとで感想でも書ければとは思うが、これがなかなか困難だ。まあ、お勧めできる小説ではなかった。新たに『茂吉彷徨』『茂吉晩年』(北杜夫、岩波書店)を借りてきた。4部作だが、図書館にあるのはこの2冊だけだった。茂吉はもちろん斎藤茂吉という大歌人で、北杜夫の父、斎藤由香の祖父に当たる。図書館を出る頃には風が出てきて寒かった。私は、体温を下げるのは免疫力低下につながると聞いたので、なるべく体を冷やすまいとしてまだ冬の服装でいるからいいのだが、若者(高校と大学の端境にいるような)はシャツ一枚だった。庭園と国道との境界に2本植えてあるコブシは、もう少しで花を開こうというところで低温になって戸惑っているように楕円形の蕾のままでいた。「毎年よ彼岸の入りに寒いのは 正岡子規」。

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今は16時40分で、おじいさんをこれから送っていくと施設から電話があった。「ご利用代金ですが、8618円です」「はい、揃えておきます」。5円玉と1円玉なら任せろ。朝のうちは気持ちの良い青空が広がったが、10時前には雲が青空も陽光も隠し、そして今また青空が、遠くに見る湖のように山の上に小さく現れた。もうこの時刻では、まして空の隅の方では、青空も紺碧ではなく薄い水色である。図書館の帰りに買ったカップのコーヒー「ダブルエスプレッソ(森永乳業製)」240mlをちびちび飲んでいたのがついに飲みきってしまった。別の言い方をすると体重が240g増えたということだ。カラスが、「くわっくわっ」という鳴き方をしている。なんだか胸に一物ありそうな鳴き声だ。

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おじいさんが帰ってくる少し前に女房の方が帰ってきたので、車椅子を外に出したのと、車椅子が家に上がる際に必要な斜面を作る台を置いた以外私は何もしないで済んだ。介護に関しては、手伝うべき時に手伝うというスタンスである。週刊朝日の連載物で読み落とさないものの一つに「おふみ先生の明朗介護」という1ページのコラムがある。米沢富美子という理論物理学者が自分の母親への介護体験や介護についての考え方を書いていて、今週は「ダブルスタンダード」というタイトル。「自分は親の面倒を最後まで見るが、子供には自分の介護で迷惑をかけない」というダブルスタンダードが、介護を経験した者には「骨の髄まで染み込む」という。同感。「私の希望は、職業として介護に携わっている人に、金銭的な『契約』で介護を提供してもらうことだ」とも。同感だが、私の場合は、おふみ先生と違って貯金通帳の残高に絶望感が漂っている。「しかし、子供が居る・居ないに関係なく、家族の献身を前提としない介護を、誰もが受けられるような社会、それこそが真の福祉社会であるはずだ」。同感。そういう社会実現のためには、当然税金を上げなければならないが、その前に制度をいじくり回すばかりの政策を改め、無駄だよなと知りつつ使っている国のお金の流出を止めなければならない。それをする「かもしれない」と思ってみんな民主党に投票したのだろうが・・・。

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ついでながら、週刊朝日の24日まで有効の占いでは、星5つの満点は11月生まれである。私の6月は星2つで、体調が崩れそうです、などと書いてある。まずいのは、3月、4月、8月生まれで星ひとつ。お気をつけ下さい。戸田菜穂が3月生まれで「運気低迷中の婚約。2年後、支えが重荷に」と言われてしまった。この話で「重荷」というのは、今はついてない彼女を彼が支えているが、つきが回ってくる2年後には彼のその支えが逆に働いて重荷になるだろうということ。まあ、占い師じゃなくたって、芸能人の場合2年後に離婚くらいに言っておけば、当たらずと言えども遠からず、くらいにはなるだろう。

夕食はスパゲティ+缶のミートソース、ハンバーグ。あっちゃんは玄関の下駄箱の上に置いてある花を食べてというか、ちぎって女房に叱られた。勘助は食べている私の足元に座って目を丸くして見上げ(この時の顔がまた可愛い)、ニャーンと煮干をねだる。勘助は私が台所に行くのは自分に煮干をくれるためだと思っている。そうこうしていると、「あっ、こらっ、あっちゃん、めっ」という声。仏壇の花をひっくり返しそうになった。「それでも、お雛様は無事だろ」と私。「何か一つは動いてるよ」と女房。うちのお雛様はずっと静止しているが、これに動くものが何かついていたらただじゃ済まないだろう。私が見るところでは、お雛様に大きな被害はなく、宅配便で玄関に入ってきたおばさんに、きれいだねえとほめられている。

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